強風をかわせる女性、打たれ弱い男性
(1)~(3)の要因が複雑に関連し合って、男性の自殺率が女性のそれよりもはるかに高くなっていると考えるのが妥当だろう。たとえて言えば、女性は強風が吹いてきても、しなやかに対応できる柳の枝のようなところがある。それに比べて、男性は老大木のようなところがある。暴風にひとりで立ち向かい、ギリギリまで耐え忍び、あるところを超えると、ボキリと幹の真ん中から折れてしまうといった感じである。男性にはそんな強さともろさが共存しているような気がしてならない。
「他人に相談したところで、何の解決にもならない」と男性は考えがちである。たしかにそれほど簡単に解決策が見いだせれば何の苦労もないだろう。しかし、問題を言葉で表現して、だれかに聞いてもらうということは、想像以上の力を発揮するものである。
大切なのは、悩みを打ち明ける人をもつこと
どうしても解決策も見いだせないと思われる問題を言葉に出して、だれかに聞いてもらう。できれば、これまでに信頼関係が成り立っている人に聞いてもらうことができれば理想的である。話をしているうちに、少しずつ自分と問題の間に距離が出てきて、徐々に冷静さを取り戻してくるだろう。すると、自殺しか解決策がないと思い込んでいた問題に対して、いくつか角度を変えてとらえ直すことができるようになっていく。聞き手は安易な励ましや助言をさしはさまずに、とりあえず真剣に耳を傾けてくれる人が望ましい。
自殺を理解するキーワードは「孤立」である。追いつめられてしまうと、だれに相談したらよいのか考える余裕すら失ってしまっている場合が多い。そこで、健康であるうちに、もしも困ってしまったらだれに相談するか考えておくこともよい方法である。家族、知人、同僚、上司、恩師、同級生などと、人によって相談を持ちかける相手はさまざまだろう。
親しい人にはかえって話しづらいというならば、カウンセラー、臨床心理士、精神科医といった専門家に相談するのもよい。
自殺に追いつめられていく背景には、絶望を伴う孤立感が必ず潜んでいる。問題をひとりで抱え込まずに、まずだれかに話を聞いてもらうということが、絶望のふちから立ち直る第一歩である。
自殺で遺された人のケアをどのようにするべきか
自殺予防に全力を尽くすのは当然である。しかし、不幸にして自殺が起きてしまった場合には、遺された人に対するケアが必要になる。病死や事故死に比べて、自殺は遺された人にきわめて深刻な打撃をもたらす。自殺でこころの傷を負うのは家族ばかりでなく、同僚、同級生、友人、恋人など、故人と強いきずなで結ばれた人もまた心理的な打撃を受ける。自殺が起きると、遺された人々には心身両面にさまざまな問題が生じる可能性がある。具体的には、次のような複雑で激しい感情が一挙に襲ってくる。
*「頭の中が真っ白になってしまった」
*「最後に会った時の、服装、会話の内容、表情がありありとよみがえってくる」
*「自殺ではない。事故死だ」
*「自殺というのは私の聞き間違いだ。あの人はどこかで生きている」
*「自宅にいると、あの人の気配を今でも感じる」
*「町で似たような年齢の人を見ると、あの人ではないかと思ってしまう」
*「自殺を防げなかったのは、すべて私の責任だ」
*「私がもう少し早く家に帰っていたら、自殺は起きなかったはずだ」
*「私も死んでしまいたい。あの人がいなければ、生きている意味がない」
*「自殺は遺伝するのではないか。子どもは平気だろうか」
*「どうやって(父親が自殺したことを)子どもたちに説明したらよいだろうか」
*「どうしてあてつけのようにこんなことをしてくれたのだ」
*「なぜ、自殺が起きたのか」
*「上司があの人を死に追いやったのだ」
*「自殺が起きたことに対して、皆が私を非難している」
時間だけでは不十分。こころに傷を負った人へのケア
従来は、自殺が起きたら、時間がたつことだけがこころの傷を癒やす、そっとしておくのが最善の策だといった考えが強かった。しかし、時間の経過とともに立ち直ることのできる、幸運な人ばかりではない。たとえば、職場で自殺が起きたような場合、遺族に対して次のような点に注意しながら接してほしい。(1)誠心誠意対応する:遺族は複雑な感情に圧倒されている。その言葉に傾聴するという態度が望まれる。時には、対応にあたった職場の担当者に対してあからさまに怒りをぶつけてくることもあるかもしれない。遺族のこころの痛みに真摯に耳を傾け、職場も大切な仲間を失った悲しみを誠実に伝えて、死を悼んでいることを共有していく。遺族との話し合いの中で、「職場には問題がなかったのか」「自殺の前に何が起きていたのか」「自殺を防ぐ手立ては取ったのか」「過労自殺の可能性はないのか」などの質問が出された場合も、おざなりな対応をしないで、誠実な態度で冷静に事実を伝える。その場で答えられないことに関しては、調べた上で、後に必ずきちんと答えるようにする。
(2)心身両面のケアが必要:なお、遺族に心身の不調が出てくる可能性もあるので、専門家が相談に乗ることができるという点も伝えておく。仕事のために自殺が起きたと遺族が考えている場合、職場からのこのような申し出が拒まれることがあるかもしれない。そのような状況では、遺族にとってのキーパーソンに、自殺後に遺族に起こり得る心理的な問題、について説明しておき、遺族を見守ってもらう。
身体的な問題についてのケア
また、遺族には心理的な問題ばかりでなく、身体的な問題が出てくることもある。たとえば、ぜんそくや胃潰瘍といった持病があった人が、強い絆のあった人の自殺を契機に、持病が悪化することはめずらしくない。そこで、定期的に健康診断を受けられるような配慮も必要になってくる。遺族が十分な睡眠や栄養が取れているかといった、基本的な日常生活を送ることができているかという点についても周囲の人は注意してほしい。(3)日常生活の手続きを助ける:遺族は一家の大黒柱を亡くして、すっかり意気消沈していて、現実的なさまざまな手続きをどのようにしてよいかわからなかったり、そのエネルギーさえ残っていなかったりすることがしばしばある。たとえば、生命保険金の申請や銀行口座の解約の手続き、学齢期の子どもがいれば奨学金の申請などといった、現実に生活していくうえで必要とされるさまざまな手続きをするのを具体的に手伝うことも、遺族に対するケアではとても大切である。
(4)故人をいつまでも忘れないことを伝える:遺族の悲しみは容易に癒やされるものではない。自殺が生じると、遺された人のこころの傷が癒えるには長い時間がかかる。そこで、職場も、自殺が起きた後の対応ばかりでなく、その後も、故人を忘れないでいることを折に触れて遺族に伝える。職場の同僚から故人が今でも覚えておいてもらえるということが、遺族にとって最大の励ましになることはしばしば経験する。
(5)自助グループの活用を働きかける:同様の経験をした人だからこそ、強烈な体験を分かち合えるというのも現実である。各地にある遺された人々の自助グループを活用することも働きかけていく。
以上のような働きかけによって、自殺の連鎖による悲劇を避けたい。
ユッコシンドローム
「ユッコ症候群」とも言われた。アイドル歌手・岡田有希子の飛び降り自殺(1986年4月8日)に触発され、若者の後追い自殺が相次いだ。有名人の自殺に誘発される自殺現象は、ウェルテル効果(18世紀の名作「若きウェルテルの悩み」から)とも呼ばれている。