「生まれ育った家庭に養育力がなく、知的障がい者のための公的施策からももれてしまい、結局、行き場所がなく街に出て売春に誘われる。だけど中学校の授業でさえほとんど出ていませんから、履歴書も書けず、風俗店ではなく街頭に立つしかない。そんな女性が、警察に補導されてくるんです」
では、そのように施設にたどり着いた女性たちは、日々をどう過ごしているのだろう。
現在、30人の入所者の半数近くは、施設の外へ働きに出ているという。仕事内容は事務、販売、介護など。外で働く人の半数が障がい者雇用だ。施設内には小さな工房もあり、そこで働いている人もいる。
さっそく見せてもらうと、機織り機が並んだ工房は、ちょうど1日の作業を終えたところだった。
20~60代ぐらいの女性たち10人ほどが、和気あいあいと掃除をしている。横田さんの悲惨な話を聞いた後だけに、最初は緊張したが、そんな彼女たちが笑い合い、はしゃぎながら仕事をしているのを見て、なんだかひどくほっとした。
工房では、ペンケース、ポーチ、財布、バッグなどの裂き織り小物を製造・販売している。素朴だが、センスがよく可愛いので思わずペンケースとコースターを購入。隣にはショップを兼ねた喫茶店も併設され、ここも入所者たちの就労の場となっていた。
4人がけテーブルが並ぶゆったりとした店内は、落ち着いたカフェといった雰囲気。表通りに面してエントランスがあり、一般の人でも利用できる。コーヒー200円、アイスティー100円など、メニューはどれも安い。
次に案内してもらったのは居住空間だ。2階建ての建物は、階上に個室が並んでおり、1階には大浴場と個室シャワー室、ランドリー室、医務室、談話コーナーがある。共同の洗面台やトイレも、各フロアに備えられている。
ちょうど「仕事から帰ってきた」という20代ぐらいの女性に、彼女の部屋を見せてもらえた。4畳半ほどの室内には、ベッドと机と小さなタンス。「キティちゃんが好き」だそうで、ベッドの上にはいくつものぬいぐるみ。
他の部屋も見せてもらった。小部屋は3畳、大きな部屋は7畳ほどと広さがまちまちなので、不平等にならないよう部屋替えを毎年行っている。
「他の施設では2~4人部屋も多いのですが、心身がボロボロになった入所者がゆっくりと休んで、生活を立て直すにはやはり個室が必要と思い、改装に踏み切ったんです」と横田さん。婦人保護施設の中でも、全室を個室にしているのはいずみ寮だけなのだそうだ。
女性たちが施設を退去する時
1階には広い食堂があり、食事はみんなでする。食堂わきの庭には、またしても犬小屋があり、「うめちゃん」という犬が迎えてくれた。横田さんの顔を見るだけでごろんと転がり、お腹を見せて「撫でて」と甘える。うめちゃんは東日本大震災の時に福島県で被災した犬で、いずみ寮で引き取ったのだという。いずみ寮の中では、犬好き女子による「ワンダフル同好会」が結成され、交代で2匹の犬の世話をしているそうだ。
そんないずみ寮の門限は、夜8時30分。食費や家賃などはかからず、身の回りの日用品の購入費として月2000円が支給される。携帯電話の所持も可能だが、「同じ勤務先で1年以上外勤する」などの条件がある。通話料をはじめ全費用が自己負担だからだ。施設内の工房で作業して貰えるのは、月7000円程度。
こうした生活を送っている彼女たちは、今後どうなるのか?
なんとか自立できる人もいれば、保護の対象からはずれて別の施設に移る人もいる。入所中に高齢になってしまい、そのまま老人ホームに入る人もいる。
横田さんによると、つい最近も50歳の女性が、15年以上慣れ親しんだこの施設を「卒業」したのだという。
その女性は知的障がいと精神障がいを抱え、小学生のころから父親に性暴力を受けてきたという。後々出会う男性からは暴力を受け、また父親によって強制的に結婚させられた夫からは、売春を強要をされてしまう。結果、悲惨な環境で出産することとなり、養育力も不十分、売春強要という過酷な生活の中でわが子を虐待してしまったのだ。女性として、母として、支援が必要でありながら長期にわたって見過ごされてきた女性が、なんとかいずみ寮につながったのが15年前。
施設に来た当初、その女性は「ご飯を食べられなかった」という。夫からは1日1000円しかもらえず、子ども共々毎日をカップラーメンでしのぐ生活だったため、他のものを受けつけなかったのだ。
しかし、いずみ寮で暮らし始めた彼女は、何年もかけていろんなものを食べられるようになる。生活のリズムも整えられるようになり、施設内の喫茶店で働いて、上手にコーヒーもいれられるようになった。奪われてきたものを、彼女は15年かけて徐々に取り返していった。今、その女性は別の施設に移り、お年寄りの介助や掃除の仕事をして収入を得ている。
「支援される側だった彼女は、ようやく今、主体的に生きていることを実感しているのです。先日は、その施設の人たちと一緒に、大きな舞台で歌を披露しました。自分らしく、自分のために生きている彼女から、『生きてる』というものすごい躍動感を感じて本当に感動しました。15年間、あきらめずに支援してきて本当によかった……そう、思っています」
人身取引は他人の人生を奪う
15年といえば、35歳から50歳。彼女には、それだけの時間が必要だったのだ。別々に暮らしている彼女の子どもも、今では結婚しているという。
藤原さんはいう。
「その女性が小学生から50歳になるまでの、人生の大切な期間を、性暴力が奪ったということですよね。その間、行政やいずみ寮の人たちが、かけがえのないマンパワーやお金を投資して、やっとここまで来れた。性暴力が、どれだけ女性を傷つけ、その後の自立までにどれほどの時間がかかるか、本当に多くの人に知ってほしいですよね」
人身取引の被害は、なかなか表に出てこない。とくに被害者に知的障害があったりすると、告発はさらに困難となる。横田さんは、時に売春をしなければ生きられなかった彼女たちのフラッシュバック(強い心的外傷による記憶の再生や妄想など)を目の当たりにしてきた。
「私たちは、売春そのものが性暴力だと思っています」
横田さんは、はっきりといった。
日本は悪い意味で、性風俗に大らかな社会だ。だけど売買される性の持ち主には心があり、その傷を癒すのには、時に気が遠くなるほどの時間がかかる。いずみ寮を訪れて、女性たちが「奪われたもの」の大きさに、改めて言葉を失った。
その一方で、「もう悔しくて悔しくて……」と繰り返しながら話す横田さんの存在に、何度も救われる思いがしたのだった。
婦人保護施設
・売春防止法に基づき都道府県や社会福祉法人が設置し、また、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律に基づく保護も行う
・全国39都道府県に49か所(2013年度)
・要保護女子、DV被害者、人身取引被害者の保護、自立のための支援を行う
・施設職員の人件費、入所者の生活費について、婦人保護事業費補助金にて対応(国1/2、都道府県1/2、国庫予算額約12億円)