マイナンバーは国民が求めた制度ではない
ほとんどの人にとって、「マイナンバーってなに?」の状態だと思います。マイナンバー制度はなぜわかりにくいのでしょうか。マイナンバー制度に感じる「?」は、かつて住民基本台帳ネットワークシステム(以下、住基ネット)が始まるときの「?」と似ています。どう似ているかと言うと、どちらも国民や、国民の生活に密着した行政を行う市町村が求めた制度ではないので、何が始まるかわからないという意味の「?」なのです。国民のニーズ、自治体のニーズというところから出発していないことが、制度をわかりにくく、使い道があるのか疑問が生じる原因になっています。ここで、マイナンバー制度が私たちの生活にどのように影響するのかを具体的に見ていくことにしましょう。マイナンバーの正式名称は、「個人番号」と言い、12桁の数字で表されます(以降、個人番号と表記)。「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(通称、マイナンバー法)で、新たにつくられた制度です。
個人番号は、市町村の住民基本台帳に登録されている全住民(外国人も)につけられる、原則として生涯不変の番号です。不正利用のおそれがある場合は例外的に変更できますが、住基ネットの住民票コード(11桁の数字)のように、いつでも本人の意思で自由に変更できるのとはまったく異なります。
また、個人番号に同じ番号はありません。一人一人全員異なります。同姓同名のように同じ番号の人が複数いるということはありません。そのため、正確な個人識別が可能になるのです。
住民票コードは必要なくなるはず
個人番号と似たようなものに、住民票コードがあります。個人番号が本人確認の方法に使われるのなら、「住民票コードはいらない。住基ネットはおしまい」。そう考える人もいるでしょう。わたしも番号は二つもいらないと思います。しかし、住民票コードはなくなりませんでした。政府は、二つの番号制を並存することにしたのです。どういう理由かと言うと、住民票コードから個人番号が生成されるからです。まず、市町村長が住民登録した住民に住民票コードをつけます。その住民票コードを地方公共団体情報システム機構(以下、機構)に知らせます。機構では、住民票コードから個々人の個人番号をつくり、それを市町村に通知し、市町村から住民へ通知するという手順になっているのです。
こんなことまでして住民票コードを残しておく必要があるでしょうか。住基ネットは市町村の仕事である自治事務(地方自治法2条8項)であるのに対して、マイナンバー制度は国の事務です。市町村がこれを行うのは国に頼まれて、法定受託事務(同条9項1号)として行うのです。市町村の制度なら市町村が制度運用経費を負担しなければなりませんが、国の制度なら国が負担すべきです。住基ネットがなくなれば、市町村はそれだけ出費を減らすことができます。やっぱり、住民票コードはいりません。
マイナンバーがやってくる
2015年10月より、市町村から全住民に個人番号を知らせる通知が送付されます。世帯ごとに、住民登録している住所地あてに簡易書留で郵送されます。単身赴任や大学の都合などでよそに住んでいる人は、同居の家族から転送してもらうことになります。同居の家族がいない場合、番号通知は市町村に戻ることになります。同居の家族との関係が著しく悪化していて家族に転居先を教えていない場合では、番号通知は到達したことになるものの、実際には本人の元に届きません。番号通知が届かない人は、住民登録している市町村に赴いて本人確認をして、番号通知を受け取ることができるでしょうが、そこへ赴くことが危険を伴うような場合であれば、番号通知を受け取ることは難しくなります。全国で100万人以上の人について未送達になるかもしれません。総務省は、東日本大震災の被災者やDV被害者など、なんらかの理由で住民登録しているところとは異なる場所に住んでいる場合、実際の居所に送付できる手立てを用意しましたが、それでも万全とは言えません。
さて、簡易書留で届いた封筒の中には、世帯家族全員分の通知カードと個人番号カード交付申請書が入っています。通知カードは紙でできていて、12桁の個人番号、氏名、住所、生年月日、性別が書き込まれています。当たり前ですが、顔写真は付いていないので、これだけでは本人確認の手段としては使えません。本人確認には、運転免許証やパスポートなど顔写真付きの身分証明書や健康被保険者証などの併用が必要です。
通知カードは紙なので、破れたり濡れたりしないようケースに入れて管理するとよいでしょう。本人確認に通知カードと運転免許証など2枚が必要というのが不便であれば、顔写真付きICカード「個人番号カード」に変更ができます。個人番号カード交付申請書といっしょに最近撮影した顔写真を市町村に提出(郵送)すれば、機構で個人番号カードが作成され、市町村の窓口で受け取ることができます。スマートフォンで写真を撮影し、オンラインで申請することもできます。個人番号カードは公的な身分証明書としても使用できます。
マイナンバーはどういう場面で使うのか
現時点では、個人番号は個人情報と紐づけて、税や社会保障(年金・労働・医療・福祉)、災害対策の分野で、法律や条例で規定した場合にだけ使われます。本人確認のためにいつでもだれでも使ってよいという番号ではありません。2016年1月以降、税、年金、医療保険、雇用保険、福祉の給付の手続きなどで、申請書等への個人番号の記載を求められます(年金については、日本年金機構の情報流出問題が起きたことから、個人番号との紐づけは延期されました)。以下にいくつか例を挙げましょう。従業員として雇用されている人の場合、勤務先が源泉徴収票を作成するときに個人番号を書き込む必要があるので、勤務先に個人番号を提示してください。従業員を雇用しているすべての民間事業者にこのことは当てはまります。また、個人番号は源泉徴収票の作成に必要ですから、従業員に限らず、講演料や出演料、原稿料などが発生する場合も、個人番号の提示が必要です。また、厚生年金の裁定請求をするときに、年金事務所に個人番号を提示することになります。
証券取引をしている人や任意保険に加入している人は、配当や保険金を受け取るときに、個人番号を提示します。税務署に提出する法定調書の作成に必要だからです。
子どものいる家庭では、児童手当の毎年の現況届のときに、市町村に個人番号を提示します。
これだけでも、だれもが個人番号と無関係でいられないことがわかると思います。今後、民間での利用など個人番号による本人確認の業務対象が広がれば、一層、個人番号との関わりが深くなります。
マイナンバーは個人や自治体にとってメリットはあるのか
個人番号をつけられた国民の側には、個人番号を告知することに、とくにメリットはありません。電子申請の際の電子証明書になったり、本人確認のための住民票の写しが不要になったり、引っ越しの手続きが簡易化されたりはしますが、こうした手続きは日常生活でそう頻繁には発生しません。メリットとして挙げることがあるとすれば、個人番号カードが運転免許証と同様、公的に有効な身分証明書になるくらいでしょうか。市町村や都道府県で、どれほど行政効率が上がるかも疑問です。たとえば、市町村では、個人番号カードを地域住民の利便性のために条例で定める事務に限り利用することができます(18条1号)。