患者は西高東低、高齢者に多い
結核はエイズ、マラリアと並ぶ世界の3大感染症の一つで、発展途上国を中心に患者の95%以上が低~中所得の国々に集中している。日本でもかつて大流行し、統計をとり始めた1951年には年間59万人もの新規患者を数えたほどだ。戦後になって順調に減少してきたが、77年ごろから減少率が鈍り、97年に罹患率(人口10万人あたりの患者数の割合)が33.9と43年ぶりに増加に転じて社会を騒然とさせた。その後は国の対策もあって再び減少しており、2014年は患者数が1万9615人と初めて2万人以下になった。
この年の罹患率は15.4で、アフリカやアジアの諸国に比べればきわめて低いが、しかしアメリカなど先進国に比べれば依然として高く、日本は「中まん延国」と分類されている。
死亡者数も2099人で、減少してはいるものの2000人を超えている。
都道府県別に罹患率をみると、高い地域は大阪府(24.5)、長崎県(22.1)、和歌山県(19.6)、京都府(19.1)、東京都(18.9)で、低い地域は長野県(8.1)、宮城県(9)、山梨県(9.2)、新潟県(9.3)、秋田県(9.5)である。罹患率が最も高い大阪府では、大阪市が36.8と高値である。このことから結核は「西高東低」の傾向にあることがわかる。
年齢別にみると、日本では患者の多くが高齢者で、年々増加傾向にある。14年は70歳以上の全体に占める割合は58.2%、80歳以上は37.7%であった。今の日本の高齢者は、結核の高まん延時代を過ごしてきており、すでに感染している人が少なくない。若いうちは発病が抑えられていたが、加齢によって免疫機能が弱まり、過去に感染していた人が再燃を起こしてくるものと思われる。つまり外から病原菌をもらうのでなく、内側から発病してくるのである。
高齢者結核の特徴としては、(1)痰(たん)中の結核菌陽性率が高い、(2)受診の遅れよりも診断の遅れが目立つ、(3)他の病気で通院・入院中に見つかる割合が高い、(4)呼吸器症状以外の症状のみの割合が高い、(5)胸部レントゲン写真が結核に典型的でない、などが挙げられる。
治療がうまくいかない人も多く、13年のデータによれば、65歳以上の高齢者結核の場合、治療開始後1年以内に死亡する人は31.4%、3カ月以内では18.8%と、早期に死亡する例が多い。3カ月以内の死亡割合は、年齢とともに急速に増大し、65~69歳で8.8%、70~74歳で10.2%、75~79歳で14.6%、80~84歳で18.3%、85~89歳で25%、90歳以上では35.6%であった。
若年者結核は外国出生者の間で患者が増えており、14年には全体に占める割合が5.8%に達し、そのうち20代は43%であった。15~29歳の外国人患者の半数近くは学生であるが、中国や韓国からの留学生が減少傾向にある一方、ベトナムとネパールからの留学生は大きく増加している。今後、結核まん延地域からの留学生や移住者が増えた場合は、対策を十分に練る必要があるだろう。
受診の遅れ・診断の遅れが目立つ
日本では「結核は過去の病気である」という認識が、国民の間にも、医療に関わる人たちの間にもある。そのため「受診の遅れ」と「診断の遅れ」が以前から指摘されており、結核感染対策のうえでは改善が必要である。症状が出てから医療機関で初診を受けるまでに2カ月以上経過した場合を受診の遅れというが、14年にはその割合は18.8%で、働き盛りの30~59歳に限れば3人に1人は受診が遅れている。その間に多数の人々に感染を広げている可能性がある。また、初診から診断までに1カ月以上かかった場合を診断の遅れといい、その割合は21.6%である。医療機関での結核診断の遅れにより、多数の人々に結核が広がってしまう危険性がある。このような認識の甘さによる結核の集団感染は、毎年のように報告されている。
15年末には、東京都内の警察署で集団感染が起きた。詐欺容疑で留置した60代の男性が署内で病死したため、大学病院の法医学教室で解剖したところ「死因は肺結核」と判明した。結核は死亡後に判明した場合でも保健所に届け出る義務があるにもかかわらず、届け出がなされなかった。最終的には16年にかけて19人の警察職員が感染し、6人が発病した。法医学教室でも医師ら7人の感染が判明した。報告を受けた警察署も、診断した法医学教室の医師も、結核の感染拡大のリスクに気づかなかったようである。
ちなみに結核はどのように感染するのか? 病原である結核菌は、患者の咳(せき)やくしゃみの飛沫に含まれる形で空気中に飛散する。飛沫は乾燥して水蒸気を失い、内部にあった菌体が空中に浮遊する。これを飛沫核といい、他の人が吸入することによって結核感染が成立する。このような感染を、飛沫核感染(空気感染)という。
近年では病院などで結核に感染する、院内感染事例も後を絶たない。その要因としては、高齢者を中心に結核菌陽性患者が増加したこと、免疫機能が低下する悪性腫瘍、糖尿病、腎透析、免疫抑制剤使用、臓器移植などの患者が増加したこと、結核に対する免疫がない若い職員が多いこと、結核患者の診断の遅れがあること、施設の構造や設備が感染防止に不適切でしかも密閉された空間が多くなったこと、気管支鏡検査・気管挿管や気管切開・ネブライザーなど咳を誘発する処置が増加したこと、などが挙げられている。
治療薬の効かない結核菌も出現
結核は結核菌を吸い込むことで感染する。といっても体には防御機能があり、感染が成立するのは25~50%の人である。体内に侵入した結核菌に対して免疫機能が働き、ツベルクリン反応あるいはインターフェロンγ遊離試験(採血による結核感染診断用検査)が陽性になると、感染が成立したことになる。しかし、感染が成立しても免疫機能が抑え込んでしまうため、発病する人は少ない。感染の成立後、5%の人がその場で発病し、5%の人が一生の間に発病してくる。すなわち残りの90%の人は発病しないのである。ただし、これは免疫機能が正常の場合であり、病気や薬剤で免疫機能が低下している人は発病のリスクは高い。
結核は全身に病巣を作るが、肺に病巣を作ることが最も多いので、咳、痰、発熱、血痰、寝汗、胸痛、嗄声(させい)などが起こる。食欲不振、体重減少、消化器症状、意識障害などもある。とくに咳、痰が2週間以上も続くような場合では、必ず医療機関を受診すべきであり、医師は肺結核を鑑別に入れるべきである。
治療にはイソニアジド、リファンピシン、エタンブトール、ピラジナミドなどの抗結核薬が使われる。体内の結核菌を撲滅するには、その菌に対して有効な治療薬を3剤以上組み合わせた多剤併用療法を、決められた期間継続して行う必要がある。治療期間は6~9カ月と長期にわたるが、その間に薬の量や服用回数を勝手に減らすと、体内の結核菌が薬剤耐性を獲得して治療薬が効きにくくなることがある。結核菌が薬剤耐性にならず、薬による副作用も起こらなければ、結核は容易に治癒する。
耐性結核菌は13種類ある抗結核薬のいずれかに耐性の結核菌を指すが、最も強力な治療薬であるイソニアジドとリファンピシンの両剤に耐性の菌を「多剤耐性結核菌」という。この両剤のいずれかが欠けても、十分な結核治療ができない。さらに耐性が進んだ菌を「超多剤耐性結核菌」といい、治療がうまくいかず死亡率も高いので、世界的にも問題になっている。日本では多剤耐性結核菌による結核は幸い増えていない。