「年金改革法」の何が問題か
中澤 昨年12月に、公的年金の支給額を抑制する「年金改革法」(公的年金制度の持続可能性の向上を図るための国民年金法等の一部を改正する法律)が成立しました。簡単に言うと、若い世代が将来、受け取る年金の財源を確保するために、現在の高齢者の年金を削減するというものです。11月25日に衆議院厚生労働委員会でこの法案が可決されたとき、藤田さんは参考人として反対の立場から意見を述べられました。藤田さんがいちばん懸念されていたのは、どんなことですか?藤田 今でさえ、暮らしの大変な高齢者が年金をカットされたら、どうなるのかということですね。年金制度の最大の趣旨は、高齢者が自前で生活をやっていくということです。それを社会が支えていくのが年金なので、その趣旨から外れてしまうと、家族に寄りかからないといけない人たちが増えてきます。所得の少ない人は、病院の受診回数、服薬回数、楽しみや社会参加を減らすので、健康格差が拡大し、将来の医療費、介護費の増大につながりかねません。さらに、家族がいない場合は自殺、犯罪などが増え、生活保護を受ける人も増えてきます。
中澤 法案が国民に十分に理解されていない。時期尚早だとも発言されていましたね。
藤田 そうです。「なぜ年金改革が必要なのか」という論議がないまま、法案が通ってしまった。しかし、問題は財源です。財源について議論しない限りは、どれだけ議論しても、まったく建設的じゃないんです。
中澤 この法律について、与党は「年金確保法」だと言い、野党は「年金カット法」だと主張しました。どちらが正しいのかわからない、という人が多いですね。
藤田 この「改革」で、将来、若者世代が受け取るときの年金は、今の水準よりも多少は上がります。しかし、今の高齢者の年金はカットされる。だから両方正しいんです。将来の若者の年金を確保するために、高齢者に泣いてもらうということですね。ただ、多くの方が気づいていないことは、現役の高齢者が泣くとその子ども世代である若者が給与や私費で高齢の家族を助けないといけなくなるのです。だから、高齢者の年金を減らすということは、今の若者の負担も上げることになるんですけどね。どちらにしても年金の減額がすべての人々に大きな負担を強いることは確かです。
中澤 年金額の伸びを賃金や物価の上昇分より1%程度抑える「マクロ経済スライド」の強化も、今回の法律に盛り込まれました。
藤田 現行のシステムにおける年金制度が破たんしないよう維持するためですよね。年金の支給額を賃金や物価に合わせて減額する「マクロ経済スライド」は、財源不足の中で年金制度を維持する場合、ある程度は仕方がないことです。これ以上財源がないのに借金で紙幣を刷るわけにはいかないですから。
中澤 それで、年金は維持できますか?
藤田 どうでしょうかね。団塊の世代がすべて75歳になる2025年まで、当面の財政の目途が立った程度と思うしかないと思います。どれだけ年金を予測しても、将来の支給基準は確定的にはなりません。平均寿命や健康寿命などは推計を始めて以降、専門家の予想すら上回る伸び率を示しています。少子化も相変わらずの深刻さです。将来がどうなるのか、年金制度が今のまま維持できるのかは難しい質問だと思います。
中澤 世代で支え合う、と言いながら、実際には、低年金の人の状況はさらに厳しくなってきます。そこはどうフォローするつもりなのでしょうか。
藤田 年金を減額すると言うなら、高い医療費、介護費、住宅費など、高齢者の支出を抑える政策を導入する必要があります。そこがないので、野党は批判しているんです。そもそもこの議論は、話し合う土俵、あるいは論点自体がすでにおかしいんです。財源がいくらあったら、高齢者が困らない年金になるのか、どの所得階層の人たちの年金がカットされると生活が本当に大変になるのか、といったことを厳密に調査して議論しないといけないんですが、非常に雑なんです。「将来世代の年金制度を維持するために、制度改正します」ということを言っているだけですから。その将来も予測は極めて困難です。
いずれにしても、今のように財源を考えないまま、社会保障の制度改革を議論すると、すべてがカットになってしまうんです。生活保護も介護保険も年金も、全部カットです。カットが初めから決まっている。財源がないからカットしなきゃいけないし、給付抑制しなきゃいけない。結局、財源なんですよ、どこまで行っても。そういう意味では私たちがどのような年金制度にしたいのか、専門家に任せるだけではなく、主体的に考えないといけないのです。
このままでは生活困窮者が増えるだけ
中澤 これは、社会保障全体につながってくる問題ですね。藤田 年金、介護保険、障害者の年金、障害者サービス。あと保育もそうです。本当は子どもの貧困があれだけ話題になったら、もう少し予算をつけてもいいはずなのに、予算がないという話になる。新規でつける予算自体も、相当抑制しています。そもそも日本は、財源がどこにもないんです。「無駄を削減する」と民主党政権のときに言って改革したけれど、結局のところ削減するほどの無駄や財源は出てこなかった。実はこれほど少ない公務員、これほど小さい行政サービスで、こんなに膨大な社会保障を担っている国は、珍しいんです。だから、結論を先に言うと、国民負担率を上げないと何を議論してもより良い社会システムにはならないのです。
中澤 先ほど、高齢者の支出を抑える政策がないとおっしゃっていましたが、無年金の人たちに対する対策は、一応、附帯決議に入っていますね。これは守られるのでしょうか。
藤田 守られないですよ。附帯決議は何の実効性もありません。給付金ということも言われていますが、それはもともとある臨時特例給付金のことです。そういうものは、野党や国民に配慮して、政治的な説明に利用するためのものなんです。僕は議員立法を含め、いろんな法律に関わっていますが、附帯決議というのは、要はガス抜きですよ。
中澤 年金法では、年金の問題は何も解決しないということですね。
藤田 そうです。このまま年金が下がっていくと、高齢者の生活が厳しくなるだけです。そして生活保護が増え、さらに家族が負担する領域も増えていく。そうなると「将来の年金の財源確保」どころではないんです。
中澤 若い人たちには、年金だけの問題じゃないということを、わかってほしいですね。「私の年金はどうなるの?」ではなく、それは社会保障全体の問題で、これから子どもがどうやって安心して生まれ、安心して育ち、安心して暮らし、安心して死んでいくかっていう、そこにつながっていくものだっていう。
高齢者への給付金3000円(平成28年度臨時福祉給付金)というのが昨年出ましたが、3000円くらいもらったって、どうしようもないから、それをちゃんと社会保障費に使ってほしいと、国民が言うべきですね。こんな現金いらないって。
藤田 家賃下げろ、介護・医療保険を無償化しろとか(笑)。