「京都議定書」に続く地球温暖化対策の国際協定として、2015年に採択された「パリ協定」。17年6月にアメリカのトランプ大統領が離脱を表明したが、一方で脱炭素社会の実現は大きなビジネスチャンスと捉えて、国際社会は歩みを進めている。パリ協定採択後の世界の動向と、日本の現状そして課題について、京都大学名誉教授の松下和夫氏が解説する。
パリ協定は何を目指すのか?
2015年12月の気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定は、採択から1年にも満たない16年11月4日に発効した。
パリ協定は、史上初めて全ての国に対して、温室効果ガス削減に向けて自国が決定する目標を提出し、目標達成に向けた取り組みを実施することなどを規定している。パリ協定では、地球の平均気温の上昇を2℃より十分低く抑えるとともに、1.5℃に抑える努力を追求することなどを目的としており、この目的を達成するため、今世紀後半に温室効果ガスの人為的な排出量と吸収源による除去量との均衡(世界全体でのカーボンニュートラル)を達成すること、すなわち「脱炭素社会」を目指している。
ところが世界各国がこれまでに提出した約束草案(自主目標)が全て実施されたとしても2℃未満の目標には程遠いため、パリ協定では、継続的・段階的に国別目標を引き上げる仕組みとして、5 年ごとの目標見直しを規定している。20年以降、各国は5 年ごとに目標を見直して提出するが、その際に原則として、それまでよりも高い目標を掲げることが求められる。
さらに、長期目標達成を念頭に置いた、温室効果ガス排出の少ない発展戦略を策定して、20 年までに提出することが求められている。これらのことから、パリ協定が意味するのは化石燃料依存文明の終わりの始まりであるといえる。
トランプ大統領のパリ協定離脱演説とその余波
世界がパリ協定への取り組みを始める中、アメリカのトランプ大統領が17年6月1日(日本時間2日)に行ったパリ協定離脱演説は世界に衝撃を与えた。だが、この演説は逆に、世界各国、自治体、産業界、市民社会などがパリ協定に対する取り組みへの意思を再確認し、加速する効果を生んだ。
トランプ大統領は、パリ協定はアメリカの産業と雇用を痛めつける不公平なものだとする一方、再交渉や再加入に含みを持たせた。しかし各国首脳と国連事務局は、直ちにパリ協定の再交渉を拒否した。トランプ大統領はパリ協定がアメリカに多大な経済的犠牲を強いると語ったが、実はアメリカの石炭産業が衰退し雇用が減ったのは、採掘技術の高度化で人手がいらなくなったこと、天然ガスや再生可能エネルギーに対するコスト面の優位性を失ったことが原因だ。
さらに、トランプ大統領は先進国による途上国の温暖化対策への援助、特に「緑の気候基金」への拠出も問題とした。先進国は一部の途上国とともに、緑の気候基金に資金拠出を行うことを約束し、すでに43カ国、103億ドルの資金拠出が約束されている(16年12月7日時点)。アメリカの約束拠出額30億ドル中10億ドルはオバマ政権時に拠出されたが、今後の拠出は停止される。ちなみに、日本はアメリカに次ぐ15億ドルの資金拠出を約束している。
アメリカの拠出打ち切りは確かに影響があり、他の先進国や中国など途上国自身による拠出が増加し、一層の民間資金の活用などが必要となる。ただし気候変動の緩和や適応への投資は、新たな産業や雇用創出につながる未来への投資だ。
トランプ大統領のパリ協定脱退表明にもかかわらず、世界の化石燃料依存文明からの脱却の流れは止まらない。アメリカの多くの州・都市、産業界のリーダー、市民社会はパリ協定の実現に向けた取り組みの強化を表明している。マイケル・ブルームバーグ前ニューヨーク市長が呼びかけた「We Are Still In(私たちはまだパリ協定にいる)」との声明には、ニューヨークやカリフォルニアなど9州や全米125都市に加え、902の企業・投資家、183の大学が署名した(17年6月5日現在)。企業では、Apple、Google、NIKEなどが名を連ねている。
カリフォルニア州では、2030年に電力の50%を再生可能エネルギーで供給する既定の目標に加え、45年までに再生可能エネルギー100%を目標とする法案が州議会で可決された。
世界でもEU加盟国、カナダ、中国、インドその他の途上国はこぞってトランプ大統領の決定を非難し、アメリカ抜きでパリ協定の実施を進める決意を固めている。17年7月7日、8日にドイツのハンブルクで開催されたG20サミットの首脳宣言でもアメリカとの溝は埋まらず、「アメリカ以外の参加国は、パリ協定の完全実施に向け強い決意を再確認する。化石燃料のクリーンな利用を支援するためアメリカは他の国と緊密に協力する」と記載された。
新たな脱炭素ビジネスモデルの世界的拡大
パリ協定のもと、脱炭素社会への抜本的転換はすでに始まっている。世界の主要国は、省エネルギーの徹底や再生可能エネルギーの大幅な拡大を進め、気候変動対策を活かした経済発展を実現しようとしている。有力企業は、気候変動をビジネスにとってのリスクであると同時にビジネスチャンスとも捉え、先導的取り組みを進めている。
再生可能エネルギーの爆発的普及も続いている。05年末から15年末までの10年間で、世界の風力発電導入量は約7倍(59GWから432GW)、太陽光発電導入量は約46倍(5.1GWから234GW)に拡大した。14年、15年は世界の石炭消費が前年比で減少し、石炭時代の終焉の始まりを象徴した。
国連環境計画(UNEP)によると、15年の大規模水力以外の再生可能エネルギーに対する世界全体の投資額は2860億ドルで、04年時点比で6倍以上に拡大している。同時期の化石燃料発電への投資額は1300億ドルと再生可能エネルギー全体の半分以下にとどまる。
再生可能エネルギーの発電コストも年々低下している。大規模太陽光の世界全体での平均発電コストは10年から15年にかけて約58%低下し、0.13ドル/kWhとなった。陸上風力の世界全体での平均発電コストは1995年以降低下傾向にある。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の予測では、今後さらなるコスト低減が見込まれ、25年の大規模太陽光の平均発電コストは0.053ドル/kWh、陸上風力の平均発電コストは0.06ドル/kWhまで下がり得ると予測されている。
新たな脱炭素ビジネスモデルも世界で拡大している。自社エネルギー資源を100%再生可能エネルギーに転換することを宣言した企業(RE100) は、IKEA(オランダ)、ブルームバーグ(アメリカ)、日本のリコーなど106社に上る。科学的根拠に基づくCO2削減目標を推進する国際イニシアティブ「Science Based Targets Initiative(SBTイニシアティブ)」への加盟企業も急増し、298社に達した(17年9月現在)。
日本では、脱炭素社会の実現を目指し、経営層への働きかけを行っている企業ネットワークである「日本気候リーダーズ・パートナーシップ(Japan-CLP)」が、大幅なCO2出削減に向けた経営手法(科学的目標設定、企業内部での炭素価格付けなど)や協働ビジネスの検討などの活動を行っている。
一方、ESG投 資 と 呼 ば れ る 手 法も広がっている。これは、 環 境(E)、 社 会(S)、 企 業 統 治(G)の非財務情報を財務情報とともに重視することにより、長期的に起こり得るリスクを回避し、安定した投資を行うものだ。
カーボンニュートラル
環境における炭素循環量に対して中立であること。事業活動などの人為的活動を行った際に排出される二酸化炭素と、吸収される二酸化炭素が同じ量であり、大気中の二酸化炭素の増減に影響を与えないことを指す。
緑の気候基金(Green Climate Fund:GCF)
開発途上国の温室効果ガス削減と気候変動の影響への適応を支援する目的で発足した気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)に基づく多国間基金。
RE100
事業運営で使用する電力を、100%再生可能エネルギーで調達することを目標に掲げる企業が加盟する国際的な企業連合。「Renewable Energy 100%」の頭文字をとって「RE100」と命名された。