ですから、せめて病院に来る子どもたちに、親身に接して、たくさん声をかけて、手を握って抱きしめて、「強く生きていってほしい」というメッセージを伝えたいと思うんです。「海外から来た看護師さんが優しくしてくれたな」とか、「つらかったけど、こういうこともあったな」というような思い出を、少しでも残してほしい。傷ついた子どもたちの一番そばにいる私たち看護師ができることだと思っています。
――先ほどの、シリアの子どもたちのように、ですね。
白川 ええ、もっともっとアラビア語でコミュニケーションをとりたいので、私、今、日本でアラビア語を習っているんですよ。
奇跡のような平和を、どう維持するか
――日本の皆さんに、何かメッセージはありますか。白川 日本にはすばらしい平和があります。紛争がない、空爆もない、それはもう、奇跡のような平和です。そして、戦争を放棄した美しい憲法があります。そのことを改めて意識して、それをどう維持していくか、一人一人が考えてほしいと思います。あっと言う間に始まるのが戦争で、平和は努力しないと壊れてしまうもの。当たり前のものではないことに、目覚めていただければと。
また、たった一発の銃弾で人が死ぬという現実を、私は何度も見てきました。銃弾一つのために、紛争地で死ぬ人、泣く人がいるということを知ったうえで、例えば銃弾や武器を造らない、輸出しないという働きかけだって、私たちができることではないかと思います。
――白川さんのように、国際貢献をしたいと思っている若い人へのアドバイスをお願いします。
白川 まず語学力に関しては、できるだけ早いうちに鍛えたほうがいいと思います。私は30歳を超えてからだったので、すごくきつかったです。それと、現場ではいろんな文化、いろんな背景を持った人たちと協働することになるので、いろんな国の人と出会って、コミュニケーション力を鍛えておくといいかもしれません。私の場合、MSFに入る前に、バックパック一つで3カ月ほど旅をして回ったのですが、これが下地になりました。どんな環境でも寝られる、とか(笑)。
あとは、相手国の文化をきちんと勉強して、尊重することですね。例えばイスラムの国ならば、女性は公共の場では肌と髪を見せないといった文化を尊重して、外出時はスカーフをかぶる。豚肉やお酒のような、タブーとなる話をわざわざしない、ラマダンの時期は彼らの前では食事をしない、といった基本的なことを守っています。医療行為であっても、異性が触れることを嫌がる国もありますからね。私たちはあくまで、その国におじゃまして、活動させてもらっている立場です。相手に失礼にならないように、柔軟に対応することが大切です。
――MSFには、若い人でなくても参加できますよね。
白川 もちろんです。若くて体力や柔軟性がないと無理、なんて決めつけることはありません。年齢を重ねた、経験豊富な医療関係者は大歓迎です。欧米人ドクターの中には、定年を迎えたら国際貢献したいと思っていた、という60代のかたも多くいますし、70代のかたも時にはいます。
小さな子どもがいる女性もたくさん活躍していますし、シリアで一緒に働いた事のある男性スタッフは、奥さんが初めてのお子さんを妊娠中なんだと嬉しそうに話してくれました。家族の協力がなければできないことですし、人道援助や国際協力に対する社会の見方が日本とはちょっと違うのかもしれませんが、こうしたスタッフが日本人でも増えるといいなと思っています。
国境なき医師団
Médecins Sans Frontières(仏)、略称MSF。
人種、宗教、信条、政治とは関係なく、貧困や紛争、天災などで生命の危機に瀕している人々に医療を届けることを目的とした、非営利の国際的な民間医療・人道援助団体。内戦状態にあったナイジェリアのビアフラに医療支援のため派遣されたフランスの医師と、ジャーナリストらによって1971年に設立された。その後、レバノン、ボスニア、エチオピア、アルメニア、北朝鮮、チェチェンなど、さまざまな国や地域、場面で活動を続けている。99年にはノーベル平和賞を受賞した。