とりわけ貨物駅は秋葉原、汐留、飯田町など、いずれも古くからの重要な河岸にできたのです。その後昭和に入り、総武線が都心にまで乗り入れるようになると、不要になった両国の操車場と、河岸(中央卸売市場江東市場)の跡地に国技館と江戸東京博物館が建てられたんです。
東武鉄道も、隅田川と旧中川をつなぐ北十間川のそばに吾妻橋駅(数回の改称を経て1931年以降業平橋駅、現在のとうきょうスカイツリー駅)というターミナルを設け、水運と陸運を結びましたが、そこにはいま、東京スカイツリーが建っている。
松田 河岸と鉄道ターミナルの跡地に、実は東京のモニュメントとも言える建築群があるとは面白いです。大規模建築のありかが、かつての水運と陸運の結節点を指し示している。
ところで、明治以降になっても都心のあちこちに水運の拠点が分布していたことは、東京臨海部の地形的な制約によるものでしょうか。
陣内 江戸のころから、遠浅の湾であることが枷となって、他の国の主な港湾都市のように、海に桟橋を突き出して大型船を接岸できるような環境ではなかった。近代都市としては、そういう地の利の悪さを抱え続けていたのが東京です。桟橋や埠頭をつくる計画だけは、明治期から立てられていましたが、結局は関東大震災後にならないと実現できない。日の出、芝浦、竹芝埠頭などがようやく整っていくのが、震災後から昭和初期にかけてです。それでも東京ではやはり桟橋の形式はとられませんでした。
東京の水面利用はまだまだ限定的
松田 さて、東京が発展していく中で、一時はほとんど忘れられかけた東京の水上交通ですが、これから先、どのような可能性があるでしょう。
既存の水上バスやクルーズ船のほか、2015年には個人が利用できる小型船を使った水上タクシーの会社(東京ウォータータクシー)もでき、水上交通が改めて注目されるようになりましたが、まず考えなくてはならないのは、水と陸の間の行き来のしやすさだと感じます。つい最近まで、建物に直接船を乗りつけたり、水上にフロアを張り出して店舗にしたりできるのは、運河沿いに倉庫を構える業者など、その水面を利用する権利を持っている一部の既存事業者だけでした。しかし、十数年前から、水面をもっと活用できるようにしようということで、規制が一部緩和されたんですよね。東京都港湾局は2005年に「運河ルネサンス」という構想を立ちあげました。これは水域を含む地域の町会や商店会、民間事業者やNPOなどの各団体が集まって協議会をつくり、都の登録を受けて運河の活用計画を作成してその計画に沿って、クルーズ拠点やレストランなど何らかの営業形態を含む水域の占用を許可する方針を示しています。ただ、これは現在のところまだあまり活用されていないのが実態だということですが。
陣内 実は、1980年代の東京には水辺をより有効に活用しようという動きがあったんです。例えば芝浦の運河沿いに、倉庫を使った「インクスティック芝浦ファクトリー」というライブハウスがありまして、その隣の水際に「タンゴ」、さらに奥まった所に「ベニス」というワインバーが建っていたんです。おそらく「タンゴ」の経営者がかつてその場所を倉庫として使い、荷揚げをしていたために既得権を持っていて、すぐ前の船着き場に直接船をつけることができたのだと思います。その船着き場を活用し「ベニス」が恰好いい船を横づけして水上パーティーを開いたりしていて、僕も参加したことがありますが、数年で閉店してしまいました。80年代の東京の水辺には、せっかくそういう面白い場所があったのに、バブル時代以後の開発志向のなかで、その多くが残念ながら消えてしまいました。そのなかにあって天王洲地区の運河エリアでは、「寺田倉庫」が頑張っていて、倉庫をリノベーションしてビアレストランとしたのに続き、水上レストランも実現し、また周辺の水辺に洒落たボードウォークのプロムナードを創り出して、気持ちのよい空間を生んでいます。それに続く形で、民間の企業がもっと水辺で頑張って、成果を挙げてほしいと思っています。
また、2011年に日本橋のたもとに中央区が船着き場をつくったことで、そこを起点に東京の運河を巡るツアーが活発になっています。こうした動きをもっと骨太な舟運復活に結びつけたいところです。
松田 東京で水上交通に真剣に取り組むとしたら、例えば、水辺で多くの人口を抱えているタワー型マンション群などとの接続を考える必要があるように思います。成否を分けるポイントは、レジャーや観光だけでなく、ある地域の生活インフラになりうるかどうか。住民の需要をうまくコーディネートできれば、買い物や通学、通勤の足として水上交通が使われる可能性も開けてくるのではないでしょうか。
陣内 まさにそうです。実際、すでに近い試みが行われている例として、芝浦アイランドがあります。40人ほどが乗れる「アーバンランチ」という船が、芝浦〜お台場海浜公園〜豊洲を結ぶ定期航路を日中約1時間おきに4〜8便運行しています。運営者は、浅草とお台場、豊洲をつなぐ「ヒミコ」などの水上バスを運行している東京都観光汽船株式会社です。アーバンランチには、犬や自転車をのせてもかまわない。特に自転車は、電車やバスよりもスムーズに乗降できる点で、船との相性がいいツールです。
松田 もう一つ重要な点として、水上交通が都市内で近距離の地点間を結ぶ効率的なインフラとして定着するかどうかは、各事業者の経営が成り立つかどうかにかかっていますよね。水上交通へのアクセスの良さや、水上交通それ自体の魅力が、住宅を選ぶ際に付加価値になる可能性はあるか。旅客ではまず羽田空港から都心までの片道交通が、乗り場や料金の利便性を高めて成り立つか。それから、旅客の他に物流に使えるか否か。運送会社が都内の物流に運河を使う可能性はあると思いますか? 水上バスを利用する旅客の手荷物運送については、ヤマト運輸などが社会実験をして、宿泊施設などとの連携を試みていますが。
陣内 可能性は充分にあると思いますよ。水上交通や水辺の活性化を本気で考えるなら、イベントや文化活動だけでは駄目なんです。採算がすぐに取れるはずはないけど、企業が率先してそういう先進的な取り組みをするというのは夢があるし、企業のイメージアップにもつながるかもしれないですよね。