魅力的な水辺をつくるには
松田 現状、東京の町を歩いていて、そもそも運河の方に向かう動機がほとんどないですよね。だいたい通りは運河に近づくにつれて暗くなっていくし、護岸が壁のようだったり、遊歩道があっても水面が遠かったりと、不安を煽る感じがして、足が向かない。まずはどう足を向けさせるか、というところからだという気もします。
陣内 水辺の魅力がまだまだつくれていないんです。第一に、照明がよろしくない。
東京都は少し前から、隅田川の関連区(台東区、墨田区、中央区、江東区、荒川区)とともに、「隅田川ルネサンス」というプロジェクトに取り組んでいます。行政関係者は基本的に、別の行政区と同じテーブルにはつかないのですが、同じ隅田川の流域だから、ということで何とか集まって、さらに各区の観光協会と専門家が加わった。協議の過程で、照明が重要だと認識し、照明デザイナーの面出薫(めんで・かおる)さんに頼み、社会実験をしてもらいました。それなりに成功しましたが、東京都はそういう動きを最後まで実現する方向にはなかなか進んでくれない。
松田 その点、うまく水を活用してきた大都市といえば、日本ではまず大阪を挙げられるように思います。東京との違いはどんなところにあるでしょうか。
陣内 大阪には水の都としてのプライドとノウハウの蓄積、こだわりがありました。それから大阪は、東京に比べてまちづくりのテーマを水に絞りやすい。東京は発展志向、開発志向で、土地に対する経済行為の比重が高く、都市としてのテーマも選択肢が多すぎて、文化や歴史にちゃんと向き合うことが実はまだまだできていないのではないでしょうか。一方の大阪は、都市型の水の空間を生かす方向で頑張り続けてきたので、ノウハウの蓄積があるのです。あとは、自治体が総力を挙げて取り組んでいるかどうかの違い。東京にも水辺活用を呼びかけるグループがいくつかありますが、動きがばらばらです。加えて、都も財界もなかなか本腰を入れてくれません。大阪はそこが違うんです。水辺を活用したい団体がひとつにまとまるし、府、市、財界からの応援や経済的な後押しもすごい。商工会議所には水都大阪のための研究会があって、プランナーもNPOもみんな参加している。東京と大阪ではそういう迫力が全然違います。
松田 水辺活性化のポイントがよくわかりますね。
東京の水辺が本当に活性化するには?
松田 近年は「ミズベリング」というネットワークが全国に広がってきていますよね。
陣内 都市の水辺を再生しよう、あるいは水辺を使って町を元気にしていこうというプロジェクトです。従来は水辺の再生というと、環境派、自然派、社会派の人たちの運動的な活動が多かった。それはそれでいいのですが、ミズベリングは、川辺でイベント、アート活動やコミュニティーづくりのほか、経済的にも面白いことができそうだし、まずは川を楽しんじゃいましょう、という軽やかな活動です。これが急速に広まっています。
河川の整備とまちづくりの間には、長いことつながりがなかったんです。一級河川は国交省の管轄だし、自治体にとっての川は治水と防災の役割が最優先で土木事業の本丸なので、まちづくりや地域活性化とは関連がなかったんです。それが1980年代から、少しずつ川の景観にも目が向けられるようになって、まちづくりの中で川の重要性が増してきました。それから河川法の改正で、環境に配慮するための要素が入ってきた。加えて重要なことは、川のまわりを積極的に利用していこうというメッセージを国交省が発信したことです。これによって、河川区域内の公有地であっても、地元の合意が取りつけられればそこで営業をすることができるようになりました。2004年に社会実験が始まって、11年には「河川空間のオープン化」というコンセプトで、経済活動が可能になり、たとえば広島ではいくつかの川沿いにオープンカフェができたり、名古屋の堀川や大阪の北浜テラスといった活用例も出てくるようになりました。東京でもすでに4例があります。
松田 近年一挙にそういった活用例が出てきた背景としては、ルール変更に向けた国交省の一歩がまず大きいということですね。東京都は13年から「かわてらす」(京都鴨川沿いの飲食店などが、河川敷や川面の上に床を張り出す「川床」の東京版)という社会実験を始めています。日本橋周辺から始まって、18年3月には実験を終えて本格的に始動し、浅草、両国、深川、越中島、築地に対象エリアを拡大しました。これで隅田川沿いのかなりの部分が対象範囲に入ったうえ、対象エリア外や他河川での実施も個別相談に応じる、という形で規制が緩和されつつあります。水辺活用の本格的な広がりには、やはり公のバックアップが不可欠ですよね。
陣内 都や国もだんだん民間を応援してくれるようになってきています。河川利用の活発化に関するプロジェクトは国交省の中でも花形化し始めていると聞きました。担当者たちが、市民と一緒に取り組みに参加できるという喜びを実感しつつあるようです。今まで土木系の公共事業が一般の人たちの注目を浴びること、ましてや市民と一緒に何かをつくっていくなどということは、ほとんどありませんでした。国交省の職場改革や意識改革の波及効果も期待したいところですが、まずは楽しくやるのが大事ですよね。
松田 こういう動きを加速するには、ほかにどんなことが重要だと思われますか?
陣内 水辺利用を生活の中に拡げていくには、やはり民間企業の積極的な参入が必要です。そして良い事例を国交省が顕彰する。東京の場合には特に、企業にもっと関心を持ってもらって、投資してもらい、照明や遊歩道といった水辺の「ハード面」のあり方を変えていかないとなりません。今までの水辺活用の試みはほとんどが一過性のイベントで、日常につながりませんでした。欧米を回っていると、民間企業が水辺の環境の良い場所に、素敵なオフィスやくつろげる空間を設け、確実に一定の人が集まる流れをつくりだしているんです。日本、特に東京は全くそうなっていない。
ただし、もちろん日本でも不可能なわけではありません。僕の教え子が水辺活性化に取り組んだ例があるので紹介します。彼は芝浦運河沿いにある築20年ほどのマンションをリノベーションして、1階にイタリアンレストランを誘致しました。このマンションの敷地は運河に接しているのですが、行政が護岸目的でつくったプロムナードと内側の民地の間に植栽や柵があり、運河に降りることができなくなってしまっていた。彼はその状況を変えるために行政と話し合って規制を突破し、最終的にはレストランの前から運河まで続く階段状のテラスを設計して、そこにテーブルや椅子も置き、それは素敵な外観に仕上げました。