学校基本調査(文部科学省)によれば、1950年代には50万人の生徒が在籍していたが、高校進学者の急増で60年代後半から生徒数は減り始め、96年には10万6000人、近年は10万人を切っている。生徒も勤労青少年から、不登校や中退経験者へとスライドしている。
定時制高校の特徴は、1クラス20人前後という少人数のクラス編成にある。だから、教員が一人一人の生徒に丁寧に関わることができるというメリットがある。
川越工業定時制では1学年に普通科1クラス、工業技術科2クラス(機械類型、電気類型各1クラス)があり、1年から4年まで合計で12クラス。全校生徒は約140名だ。
授業は45分単位で、週に20時間。17時40分から20時55分まで4時限授業を行い、ホームルームの後、21時5分からは部活動の時間となる。部活が終わり、校門が閉じられるのは22時30分。こうして4年間で、74単位以上を取得すれば卒業できる。
困難を抱える生徒たち
教諭たちの話をうかがったところ、生徒たちの多くは、いわゆる「普通」と括られる家庭で育っていないということが衝撃だった。
ここで言う「普通」とは、世の多くが思い描く高校生像のことだ。たとえば朝は親が学校に間に合うように起こし、朝食があり、弁当も用意され、洗濯されたシャツや靴下に身を通し、学校から帰ればお風呂が沸いていて、夕食があり、学習する机があるという生活だ。家庭の事情で生活実態は縷々、異なるにせよ、親に世話されながら高校に通うのが、「普通」の高校生であると多くの大人たちは思っている。私もそうあってほしいと思ってきた。
では、定時制に通う生徒たちはどのような環境を生きているのだろう。教諭たちによれば、ほとんどの生徒が、さまざまな事情を抱えていた。
例えば、何かしらの虐待を受けた経験があるのではないか、と思われる生徒がいる。
家族で囲むような食卓が存在しない家庭もあるという。
経済的に困窮する世帯では1日3食どころか、1食すらままならない場合もある。
親の働く姿を見ずに育ってきた生活保護世帯の場合、働くと言うことの意味を子どもが理解できていないこともあるそうだ。
もはや学力云々の問題ではない。それ以前だ。
なぜ、このような生徒が定時制に集まってくるのだろうか。
日本が「格差社会」と言われて久しい。親の経済力と子どもの学力、進学率が相関関係にあることも「教育格差」として指摘されている。高校とは「入試」という公平な選抜制度を通して、「格差」が最初に顕在化する場所だ。格差の上層=学力エリートが通う「進学校」と、その対極に位置する全日制「課題集中校」という学力ヒエラルキーが明確になる。このヒエラルキーからはずれた子どもたちの受け皿となりうる定時制には、この社会の困難の縮図がある。
定時制の授業を参観
定時制の授業はどのように行われるのか、興味があった。全日制との違いはあるのだろうか。大きな違いは、生徒が少なく教室ががらんとしていることだ。この日、普通科1年「数学Ⅰ」の授業の出席者は女子4人、男子2人。6人がそれぞれ教室の前方に座って、不等式についての説明を聞く。非常にわかりやすい説明で、基礎から熱心に指導していく姿勢が伝わってくる。プリントの問題に取り組む生徒たちの間を回って教員が机を覗き、一人一人の習熟度を確認する。全日制より生徒数が少ない分、細やかな配慮と指導が行われているようだ。
電気類型1年「現代社会」は、男子生徒のみ9名の出席。工業科は女子生徒の比率が低い。新井教諭の授業だった。テーマは日本国憲法。プロジェクターで黒板にパワーポイントの画像を映し出し、ひとつひとつ丁寧に説明する。教科書も使い、ワークシートの穴埋めを指示する。熱意を帯びた、わかりやすい授業だ。
「自分でも、それから、みんなでも考えて。誰かに教えてもらってもいいから」
その呼びかけで、4~5人が何やら相談を始める。和気藹々とした穏やかな雰囲気だ。
普通科1年「国語総合」は漢字検定に備え、11名全員が漢字の問題に熱心に取り組んでいた。美しい文字を書く子がいて、思わず見とれてしまう。
電気類型2年「家庭基礎」では、男子生徒でも器用に運針しているさまが驚きだった。実技科目でも静寂が保たれ、生徒は集中している。
現代文に英語、保健体育など、見せていただいたどの授業からも、教員の並々ならぬ熱意が伝わってきた。聞き取りやすい、あたたかみを帯びた声で、熱心に生徒に語りかける教員たち。生徒はだらっとしていたり、かったるそうだったり、逆に真剣だったりと姿勢はさまざまだが、授業に集中している。中学まで授業がわからなくて放っておかれた子どもたちが、学び直しの時を生きていた。
ほとんどの授業においてプリントを使うのは、黒板の文字を時間内に写しきれない生徒がいることと、ノートを買えない家庭もあることに配慮してだという。
生き生きと体を動かす生徒たち
工業技術科の実習も見せていただいた。機械類型1年の「製図」。ドラフターという製図台を使っての作業だが、1年生なのでまだ基礎中の基礎だという。平面で立体を表現するため、空間認識能力も必要だし、覚えなければならない決まりがたくさんある。
「手仕上げ」は、ヤスリで金属を削る作業だ。丸棒から文鎮を作るのだが、硬い金属を削るのでなかなかつらい作業だという。作業着を着た生徒が、教員のつきっきりの指導のもと真面目に取り組んでいる。
「旋盤」は危険な工作機械を扱うために、徹底した安全教育を行い、複数の教員がそばに付く。
電気類型の1年生9名は、交流の電圧測定に取り組んでいた。理論は後からでいいので、まず動かしてみようという指導だ。座学の教室にいるより、生徒たちはずっと生き生きとしている。
校庭では、1~3年の男子合同の体育の授業が行われていた。1年生は基礎練習で、2年と3年は試合形式で野球をしている。教員が打ちやすいようにボールを投げ、それを打って走って守るのだが、動きがぎこちなく、野球やキャッチボールをしたことがないような生徒が目立つ。