「定時制高校」と聞いて、何を連想するでしょう。もともと1948年、勤労青少年のために発足した定時制、職業と学業を両立させるために、夜間やその他の特別な時間に授業を行う高校でした。しかし発足から70年以上が経ち、勤労青少年どころか子どもの数が激減し、高校も減少する中、皆さんは定時制についてどんなことを知り、どんなイメージを抱いているでしょうか。
いま、定時制高校に通っているのはどんな生徒たちなのか。定時制の教室で、どんなことが起こっているのか。ノンフィクションライターの黒川祥子さんが取材しました。
「給食」から一日が始まる
17時、生徒たちが三々五々、「食堂」に集まってくる。授業開始の17時40分までが、給食タイムだ。埼玉県立川越工業高校定時制では、給食から一日がスタートする。厨房の前に並び、トレーに主菜、副菜、デザートが盛られた皿とごはんと汁物を載せ、思い思いにテーブルに着く。生徒たちはラフな私服で、髪を染めている子も多い。
「夕食には少し早い時間なのですが、実習の集中を切らさないために、授業の前に給食を食べるようにしています」
金子典之副校長が、こう説明する。川越工業定時制には「普通科」以外に、機械類型または電気類型を学ぶ「工業技術科」があり、実習は2~3時限通しで組まれている。その時間帯は、実習に集中させたいという思いが学校にはある。さらに給食にも格別の思いのあることが、金子副校長の話からうかがえる。
「わが校では、全日制の給食は業者に委託していますが、定時制の分は、学校の職員として雇用している栄養士や調理師によって調理されます。1食800キロカロリーを目安に、栄養満点の献立が組まれています。昼間、仕事やアルバイトをしてから来る生徒も多いので、少しでも栄養のある食事を提供したい」
この日のメインは、「五目たまご焼き」。鶏肉、ひじき、人参、枝豆、しいたけ、玉ネギ入りの分厚い卵焼きは、生徒への愛がたっぷり詰まった一品だ。副菜は「春雨のそぼろ炒め」、汁は「サンラータン」、オレンジのデザートと牛乳が付く。
プロの目で吟味された献立は栄養のバランスを考え、埼玉県の食材を豊富に使い、細やかな工夫が凝らされたものばかり。「さわらの幽庵焼き」「タンドリーチキン」「さばのカレー揚げ」「回鍋肉」など、メインはどれもごちそう感満載だ。毎月19日は食育の日として、「世界の料理」が提供される。10月はブラジル、11月はスペインだった。このような給食を、生徒は月5000円(1食あたり250円)で食べられるのだ。
普通科2年の担任、社会科の新井晋太郎教諭(37歳)はクラスの生徒を見つけ、その横に座る。こうして生徒や教員が一緒に給食を食べるのも、川越工業定時制の日常風景だ。教員が生徒と一緒に給食を食べながらコミュニケーションするのも、食育の一環となっている。
汁物もおかずも作り立てで、ほっとできるやさしい味わい。おいしい給食だ。冷え切った仕出し弁当とは真逆の、手の込んだ温かな料理。新井教諭はこう語る。
「この一食が、生徒にはとても重要なんです。生徒によっては唯一の、食事らしい食事だったりします」
給食が唯一の食事らしい食事? 食べられればまだいい……、どういうことなのだろう。生徒たちは黙々と食べる。がやがやとした喧騒よりむしろ、ひっそりとした雰囲気が漂う。初めて足を踏み入れた定時制高校だった。定時制には、もっと荒っぽい要素があると思っていたのに……。
定時制の「現在」は?
私を含め、ある一定年代の人が描く、定時制のイメージがある。それが「ワルの巣窟」「ヤンキー・不良の集まり」といったステレオタイプのものだ。だが、実はそうした定時制高校の従来のイメージが今、一変している。
1980年代に定時制高校から教員生活をスタートした、英語科の長澤和美教諭(60歳)は、教員生活の最後を定時制で締めくくろうと、4年前に川越工業に赴任した。30年ぶりに見た定時制は、驚くほど様変わりしていた。
「昔と同じで、荒っぽい生徒が多いだろうと来てみたら、暴力的な雰囲気は全然なかった。いや、むしろ、元気がない。昔はほぼ全員がパンチパーマにしていたくらいですから、あまりのギャップに衝撃を受けました」
今、定時制の入学生の中で比較的多いのは、中学まで不登校だった生徒だ。なかには、小学校から学校に通えなかった生徒もいる。いじめや厳しい管理教育などに傷ついて家にひきこもっていた子どもたちにとって、社会や学校は恐怖に満ちている。それでも意を決して、学校に戻ることにしたのだ。そのような生徒たちが戻れる重要な学び直しの場のひとつとして、定時制が機能している。
ほかにも、生活保護世帯やひとり親家庭など、経済的に苦しい家庭の生徒もいれば、外国籍や外国にルーツを持つ生徒も多い。給食が唯一の食事らしい食事だという生徒がいるのは、家庭の中にさまざまな困難を抱えている所以だろう。
あるいは地域にある全日制に合格したものの、勉強に付いていけずに中退し、定時制に入り直す生徒も一定数いる。あるクラスには取材時、19人が在籍していたが、このうち、全日制を辞めて入ってきた生徒は7人いた。
一昔前のように、中卒で働かざるを得なかった子どもたちが大人になって、高卒資格を取得するために入学するというのは今やレアケースだ。また、地域の中学を卒業した、いわゆる“不良”たちは、学力面で問題があったとしても、ほぼ、全日制の中でも偏差値の低い「課題集中校」に進学するという。不良も、おじさん・おばさんも消えた定時制で学んでいるのは、さまざまな事情によって全日制から弾かれてしまった生徒たちなのだ。
少人数で丁寧に、定時制のメリット
そもそも定時制高校は1948年の学校教育法施行で全日制高校と同時に発足した、中卒で働く勤労青少年のための「学びの場」だった。生徒たちの労働時間や生活サイクルに合わせて夜間制、昼間制、昼夜間制があるが、夜間制が大多数を占める。修学年限は全日制より1年多い4年以上とされていた(1988年に単位制高校が制度化され、必要な単位を取得すれば3年でも卒業できることになった)。給食を実施している高校も多く、生徒会や部活動などの活動もある。