その後、フラワーデモの運動を知ったときは、被害者がこんなに声を上げられるようになったのかと、すごいことだと思いました。私の肌感覚でしかないのですが5年前は、被害を受けた人が被害を受けたと言えない社会だったと思います。知人からの被害なんて、到底言い出せない空気があった。
日本の性暴力被害者への視線というのは、家父長制に支配されてきたんですよね。どうしても、性被害に遭ったかわいそうな人たちを支援する、みたいな感じになってしまう。だから、被害者にも権利があり、その損なわれた人権を回復するという視点になかなか至らなかったのが、ここ数年で大きく変わりましたよね。
メディアの女性記者たちがニュースとして取り上げてくれるようになったことがとても大きいと思いますし、やはり、#MeToo運動の影響もあったと思います。#MeTooが画期的だったのは、影響力もパワーもあるハリウッドの映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが実際に起訴されて、失脚したということです。
――実際にワインスタインが起訴されたことが大事だというわけですね。山本さんがさらなる刑法改正を目指すのも、その点と関係しますか?
山本 はい、被害が被害として認められるために、起訴率を上げることは大事だと思います。Springで昨年イギリスに視察に行ったのですが、そのきっかけは、日本の法制審議会の中で、「イギリスは不同意性交を性犯罪にした結果、有罪率が下がった」という報告がされたことです。それで、その事実を確かめに行きました。現地で法務省や内務省の担当者に実際に話を聞いてわかったのは、彼らは性犯罪の通報率を上げ、さらに起訴率を上げることを目的としている。なぜならば、やはりイギリスでも性暴力、性犯罪は被害者が声を上げづらく、把握されない被害件数がとても多いからです。
そして、被害者は大きなダメージを受けているので、支援を受けないと訴えられないと明確に認識していました。様々な被害者支援もした結果、イギリスではこの8年間で性犯罪の通報率が上がり続けており、先ほど言った通り時効もないので、30年以上も前の被害も通報される。そうすると、起訴された件数の中で、結果的に有罪となる率は30~40%くらいなんだそうです。でも、大事なのは有罪率よりも、起訴すること自体なんだと。そうやって司法の中で、罪を罪として、性暴力被害を被害として扱っていくこと、そして被害者が支援されること、その中で被害者が回復していくことが非常に大切だという、そういう方針でしたね。
――なるほど。起訴数という分母が広がったから、その分有罪率は下がると。でも、肝心なのは、性犯罪が犯罪だと規定されることなんですね?
山本 そうです。私は日本の2017年の法改正で、「監護者性交等罪」「監護者わいせつ罪」(18歳未満の子どもを監護する親や児童養護施設職員など、その影響力に乗じて性交・わいせつ行為をした者が処罰される)ができてよかったと思っています。もし、30年前にこの法律があったら、私は自分が父から受けた被害を、これは性犯罪なんだと結びつけることができたかもしれません。
特に家庭内の性虐待は、生活の延長線上で起きるわけです。しかも虐待が長期間に及ぶことが多い。しかし、それを「家庭内の性虐待」という福祉のくくりでなくて、犯罪として類型化することが必要です。私がこの活動を始めるときに気づいた通り、犯罪にならないと加害者を処罰できず、加害者を処罰できないと加害者は性犯罪を繰り返します。この流れを止めるには、やはり刑法改正を進めるしかないと思っています。
私の活動の原点には、自分が13歳のときの体験があります。自分を愛し、守ってくれるはずの人が性加害をしてきたらどうすればいいのか。養ってくれる人に抵抗することはとても難しい。そのときに性暴力は許されない犯罪であると認識され、誰かが助けてくれる。そういう社会であってほしいのです。今も、被害を受けた人のうち、警察に相談できた人は3.7%(内閣府男女共同参画局「男女間における暴力に関する調査 報告書」2018年3月)です。被害者が訴えなければ加害者は捕まらず、さらなる加害を繰り返すでしょう。ですから、次の刑法改正までは活動を続けたいと思っています。
一人の性犯罪加害者は生涯380人もの被害者を出す、という試算
『性暴力の理解と治療教育』藤岡淳子著(誠信書房、2006年)
2019年3月には、性暴力をめぐる無罪判決が立て続けに4件
2019年3月12日 福岡地裁久留米支部:準強制性交等罪、同年3月19日 静岡地裁浜松支部:強制性交等致傷罪、同年3月26日 名古屋地裁岡崎支部:準強制性交等罪、同年3月28日 静岡地裁:改正前刑法での強姦罪。いずれも無罪判決となった。(一般社団法人Spring作成資料私たちが望む法律」より)