みくり「?」
平匡 「言葉の意味は分かるんです」
みくり「……」
平匡 「小賢しいって、相手を下に見ていう言葉でしょ? 僕はみくりさんを下にみたことはないし、小賢しいなんて思ったこと、一度もありません」
*上記引用は、『逃げるは恥だが役に立つ シナリオブック』(原作・海野つなみ 脚本・野木亜紀子 講談社)を参考に、放映されたドラマのセリフを筆者が書きとったものです。
提案すること、交渉すること、異議を申し立てること。そうした行動を「小賢しい」という「呪いの言葉」の内面化によって躊躇(ちゅうちょ)してきたみくりが、自分を肯定できるようになった重要な場面だ。
新春スペシャルでは、強力な「呪いの言葉」の使い手として、津崎平匡の転職先のプロジェクトリーダー・灰原慎之介(青木崇高)が登場する。女性も多い職場であるにもかかわらず、灰原の言葉は露骨だ。みずからのプロジェクトに津崎を誘い、自分が入ったとしても灰原のつくった工程表では回らないと津崎が難色を示すと、
「じゃあ分かった。一番若くてかわいい女子社員の園山ちゃんを助手につけます。これでどう?」
と持ちかける。津崎が「若くてかわいいと仕事が回るんですか?」と冷静に返しても、「心のオアシス。職場の花。そういう子がいると、はかどるでしょ? 違う?」と意に介さない。
しかし、もう一度灰原が同様の言葉を吐いたとき、津崎は、今度は正面から灰原に向きあう。
灰原「津崎さーん。子供、生まれるんだって? 結婚してるなんて知らなかったよ。嫁さん、若いんだって? いいよなー。あーっ、俺も次は年下かな。劣化してなくて、ピッチピチの」
津崎「灰原さん。劣化という言葉の定義なんですけど」
灰原「うん」
津崎「劣化というのは、性能や品質が損なわれることですよね。人間に使うなら老化という意味なんでしょうか」
灰原「いやーっ、老化っつうか劣化? その、見た目が衰えた……」
津崎「老化なら分かるんです。人間は誰でも年をとります。しかし、見た目が衰えるというのは、どういうことですか? 通常より、太ったとか、痩せたとかですか?」
灰原「いや、そんな大真面目に……」
津崎「灰原さんは以前、ジムに行けてなくて、筋肉が落ちてしまったと言っていました。それは劣化ですか? 灰原さんは、劣化したんですか?」
灰原「いや、ひどいな、津崎さん。劣化なんて。俺、傷ついちゃう」
灰原は、気づいていない。「劣化してなくて、ピッチピチの」若い子がいいな、と語るみずからの言葉が、職場の女性たちをどれだけ不快な気持ちにさせているかを。気づいていないからこそ、そういう言葉を平気で吐けてしまうのだが、津崎は、女性だけに「ピッチピチ」「劣化」という判断基準を持ち込んでいる灰原の考え方を、言葉の定義に立ち返ることによって揺さぶる。そして、他人に「劣化」というレッテルを貼るのであれば、自分も「劣化」というレッテルを引き受けるのか、と迫るのだ。
「ひどいな、津崎さん。劣化なんて。俺、傷ついちゃう」と語る灰原は身勝手だ。しかし、「劣化」という言葉が自分に向けられたときに「傷ついちゃう」ことに気づかされている。その経験は、次に同じような言葉を口にしようとしたときに、「あ、俺、また『呪いの言葉』を吐こうとしている?」とブレーキをかけることにつながるかもしれない。
第三者による介入
この場面で、「ピッチピチ」「劣化」という言葉に不快な思いを抱く職場の女性たちではなく、津崎が灰原に異議申し立てをしたという点が注目される。
もちろん不快に感じた当事者が異議申し立てをしてもよいのだ。けれども、当事者は当事者であるがゆえに、その言葉の呪いの抑圧を強く受けており、その抑圧を払いのける言葉を持ち、それを当の相手に向けるのは容易ではない。また、異議申し立てをしても、「劣化した人は、言うこともひどいね」といったふうに受け止められてしまい、関係が一層こじれる可能性もある。
それに対し、男性であり中途採用による新参者であり空気を読まない津崎が劣化とはどういう意味かと問うことには、当事者である女性たちが抱えているような心理的なハードルがない。その言葉は津崎に向けられたものではないため、津崎はその言葉を発した灰原に冷静に向きあうことができる。そして、仕事ができるシステムアーキテクトとして期待されている津崎は、灰原に対してものが言いやすく、灰原も女性が意見するよりも抵抗なく耳を傾けやすい。
当事者間ではこじれる可能性がある問題に対して、第三者だからこそ有効に介入できる、第三者だからこそ果たせる役割がある、というのが、ここでの大事なメッセージだ。近年、抑圧されてきた当事者が声をあげる動きが広がっており、その当事者を孤立させずに支える動きも広がっている。それらはもちろん大事なことだが、抑圧する側の行動や考え方に第三者が介入することの有効性も、もっと広く知られてよい。
昨年(2020年)10月11日に国際ガールズ・デーに合わせて公開された「#ActiveBystander=行動する傍観者」という動画を皆さんはご存じだろうか。作家のアルテイシアさんと性教育YouTuberのシオリーヌさんが作成した2分あまりの動画で、性暴力について加害者でも被害者でもない第三者に行動を呼びかけるものだ。