エスカレーターで女性のスカートの中を盗撮する男性、すれ違いざまに女性を突き飛ばす男性、自転車で女性に近づき胸を触ってそのまま走り去る男性、街中で女性にしつこく言い寄る男性、女性がトイレに立ったすきに飲み物に睡眠薬を混ぜる男性、飲み会の場で女性にお酌を迫る男性……そうした場面を目にしながら、「自分には関係ない」と傍観していた若い男性。その男性に向かって、「その逸らした視線が、性暴力をしやすい社会を作っています」とナレーションが入る。
そうして動画の後半では、傍観していた男性にできるちょっとした介入の方策が具体的に示される。スマホを女性のスカートにかざしていた男性に近づく。絡まれている女性に知人のフリをして声をかける。「それ、セクハラですよ」と絡んでいた男性に指摘する、等々。そして、「あなただったら、どうしますか」と傍観者だった男性が、見ている私たちに問いかける。――性暴力を見過ごさないために、第三者にもできることがある、と呼びかける動画だ。
津崎が灰原の「劣化」という言葉を聞き流さずにおこなった問いかけも、同様の第三者による介入だ。津崎が部屋を出ると職場の若手の男女が津崎を追いかけ、口々に感謝の言葉と灰原への不満を語る。その様子からも、津崎の介入がいかに求められていたものであるかが可視化される。
と同時にこのドラマでは、「背負いすぎなくていいよ」というメッセージも示されるのが興味深い。灰原に意見した津崎は、灰原のプロジェクトチームのメンバーたちから、灰原ではなく津崎にプロジェクトリーダーになってもらいたいと迫られる。みんなで直談判しよう、こういう時こそ団結しようと社員たちは盛り上がるのだが、津崎は「今じゃない、団結、今じゃない」と、その動きを止めようとし、灰原がやってくると「あっ、もう、こんな時間だ。失礼します」と、その場を急いで去ってしまうのだ。
津崎はみくりの出産後に育児休業をとる予定があるので、プロジェクトリーダーは引き受けられない。しかし、そういう事情がなくても、そこまでの期待を背負わなくてもいいのだ。自分にできる範囲のことをそれぞれがやればよい。逆に、職場の人たちも、津崎ひとりに過剰に頼っていてはいけない。そんなメッセージが、この場面には隠れているように思われた。
「普通」のアップデート
その後津崎は、今度は当事者として、灰原と向きあう必要が出てくる。みくりの出産時に1か月の育休をとることにしたと津崎は語るが、プロジェクトリーダーの灰原は納得しない。
「男が育休とったって、やることなんか、ないよ」
「男の場合、1週間が妥当なライン。だって1か月もとって、それが前例になって、みんながそんなに休むようになったら、仕事になんないよ」
この灰原の反対をどうクリアするか。家でみくりと話しあって提案されたのが、「さも当然」という顔で貫き通すことだ。
みくり「だったらもう……『さも当然』という顔をして、貫き通すしかないのでは?」
平匡 「さも当然?」
みくり「さも当然という顔をして育休をとれば、周囲の人たちも、『あっ、とっていいんだ。これが普通なんだ』って思い始める」
平匡 「『普通』のアップデートですね。あとに続く人のためにも、道をつくりましょう」
平匡の職場もみくりの職場も、男性が長期の育休を取得することには理解がない。別の会社で働くみくりがパートナーの1か月の育休取得を口にすると、同僚の男性も
「えっ? 1か月もとらしてくれんの!? いい会社だね。もし、うちの会社で男が育休とるなんて言ったら、『仕事なめてる』って言われちゃうよ」
と驚く。それらの反応に対し、平匡もみくりも、「仕事を休めないってこと自体が、異常ですよね?」と反論するのだが、その認識は、どちらの職場にとっても「当たり前」ではない。「男は仕事に生きるべき」という「呪い」は強固だ。だからこそ、平匡とみくりは、「さも当然」という顔で育児休業を取得し、「普通」のアップデートをおこない、道をつくろうとするのだ。
「働いているのは人間なんだから」
けれども、プロジェクトリーダーの灰原にとっては、スペシャリストである津崎が1か月も育休をとることは、やはり認めがたい。なのに会議の場で津崎は、妻の復職時にさらに2か月の育休をとる予定だと灰原に「さも当然」な顔で語った。「劣化」の場合と異なり、当事者同士のぶつかり合いだ。灰原は
「はっ? マジ!? 増えてんじゃん。……つか、何? その……『さも当然』みたいな顔」
と気色ばむ。「さも当然」の表情で要求しても、相手は「当然だね」とは受け入れてくれない。
そこで再び登場するのが「第三者の介入」だ。この場面での第三者は、沼田頼綱(古田新太)。津崎の元の勤務先であるスリーアイシステムソリューションズで上司だった人物で、現在は独立している。プロジェクトの遅れを取り戻すために、一部の工程を外部発注することを津崎が提案し、プロジェクトに迎え入れたのが沼田だ。沼田は同じくスリーアイ在籍後に沼田の会社に転職した日野秀司(藤井隆)と一緒に、このプロジェクト会議に参加していた。プロジェクトはスリーアイの案件であり、スリーアイの担当者として、かつて津崎と共に働いていた風見涼太(大谷亮平)も同席していた。
沼田は灰原に、なぜ怒っているのか、もやもやしているのかと、要因を分解しながらこう問いかける。
沼田「その、もやりてぃの原因は? イチ、長く休みをとるから。ニ、男が育休をとるから」
灰原「サン! 男が『長く』育休をとるから」
沼田「それさ……。育休だから嫌なの? 他の理由だったら?」
灰原「他?」
沼田「例えばね、突然の事故。家族の病気介護。自分自身の体調が崩れる場合もあるよね。育休でも、他の理由でも同じ。いつ、誰が長い休みをとるかなんて分からない。働いているのは人間なんだから。そういうことでしょ? その時、何が大事かっていったら、誰が休んでも仕事は回る、帰ってこられる環境を、ふだんからつくっておくこと。それが、職場におけるリスク管理」