日野「リスク管理って、誰の仕事?」
風見「プロジェクトリーダーじゃないですか?」
日野「あっ? 灰原さんか」
沼田「日野君、灰原さんはね、それができると見込まれてるから、プロジェクトリーダーなのだよ。……だよねー?」
灰原「……もちろんです!」
沼田頼綱、やり手である。津崎の側に立つわけではなく、沼田はまず、灰原にもやもやの原因を問う。長く休みをとるのが受け入れがたいのか、男が育休をとるのが受け入れがたいのか、と。そして、「男が『長く』育休をとるから」と答える灰原に、より俯瞰的な観点からの考察を促すのだ。「育休だから嫌なの? 他の理由だったら?」と。
男が長く育休をとることは、灰原の価値観からは受け入れがたい。その価値観そのものを「古い」「変えるべきだ」と指摘するのではなく、沼田は「いつ、誰が長い休みをとるかなんて分からない。働いているのは人間なんだから」と、問題を別の視点から整理する。生身の人間には仕事に注力できない事態は起こりうる。それなら灰原にも理解が可能であり、否定できない事実だ。
そして、そういう事態になっても仕事が回る環境、休んだ人が帰ってこられる環境をつくっておくことがリスク管理であり、そのリスク管理はプロジェクトリーダーの役割であると灰原に自覚させる。その自覚を、日野と風見も促す。
津崎のかつての職場の仲間であった沼田・日野・風見の連携プレーによって、灰原は津崎の育休取得を認めざるを得なくなる。
あるべき役割において評価する
沼田がおこなったのは、灰原にあるべき役割を担わせることだ。灰原はプロジェクトリーダーとして期限までにプロジェクトを完成させる役割を負っている。と同時に、無理のない人員配置をおこなうという役割も負っている。メンバーに負荷を押しつけるだけでは、破綻してしまう可能性があるからだ。灰原に、より高次の役割を自覚させ、それができると見込まれているからプロジェクトリーダーを任されているのだと持ち上げて見せることによって、沼田は、津崎を助けると共に、灰原に成長を促していた。
そうして津崎の穴を埋めるべく灰原がリーダーとしての対処能力を求められた経験は、その後、新型コロナウイルスの感染拡大が訪れたときに、役立ったはずだ。結局、津崎は育休を返上して職場に戻ることを余儀なくされるのだが、灰原はみずから指揮を執って、リモートワークの体制を整えようとする。反対する社長も自分が説き伏せるから切り替えの段取りを手伝ってくれと求める灰原に、津崎は「喜んで」と応じたのだった。
リモートワークの準備が完了し、がらんとした職場で灰原が語る。
灰原「いや、津崎さんいてくれて、ホント助かったわ」
津崎「僕もです。灰原さんがプロジェクトリーダーで良かったって、みんな、思ってると思いますよ」
灰原「おお、よしっ!」
プロジェクトリーダーの灰原のもとに職場がまとまっていることが感じられる場面だ。ここで灰原と津崎が、互いに担った役割を認めあっていることにも注目したい。「ありがとう」の一言だけでなく、相手のおこないを具体的に言葉で認める。そのことが相手に力を与える。そういうシーンも『逃げ恥』新春スペシャルには、たくさんあった。後編ではそこに注目したい。
――でもフィクションでしょ? 現実はそんなに甘くないでしょ? 「これが普通」と押しつけてくる「呪い」は強固でしょ?
もちろんそうだろう。けれども、だからこそ、『逃げ恥』はその現実に対して、言葉と行動で対抗する術をさまざまに教えてくれているのだ。「こんな働きかけ方もありうるよ。あなたにはどんな働きかけができそう?」と。
*ドラマ『逃げ恥』新春スペシャルに見る 呪いの言葉の解きかた【後編】に続く