「国会パブリックビューイング」でおなじみの上西充子さんは、思考の枠組みをしばってしまう「呪いの言葉」を解きほぐし、自らを解き放つ方法を教えてくれる。21年のお正月に放送された人気ドラマ『逃げ恥』の新春スペシャルを題材に考える、「呪いの言葉」の解きかた【後編】です。
*【前編】はこちら。
「『もういい』……『もういい』って何だっけ?……『もういい』がゲシュタルト崩壊を起こしてきた……」
*「『逃げるは恥だが役に立つ』ガンバレ人類!新春スペシャル!!」のセリフは、放映されたドラマより筆者が書きとったものです(以下同)
1月2日にTBSテレビで放送された「『逃げるは恥だが役に立つ』ガンバレ人類!新春スペシャル!!」(脚本・野木亜紀子、原作・海野つなみ)で、みくり(新垣結衣)はパートナーの津崎平匡(星野源)からのメールの文面に戸惑う。新型コロナウイルスの感染拡大の中で実家に「疎開」したみくりは、平匡(ひらまさ)との間に生まれた娘・亜江(あこう)を撮影した数多くの写真を平匡に送ったが、返ってきたのはこういう文面だった。*カッコ内の名前は演じた俳優名(以下同)
「ありがとう。写真はもう送らなくていいです」
省かれてしまった言葉
ドラマを見ていた私たちは知っている。平匡が亜江の写真にどんなに見入っていたか、どんなに心を動かされていたかを。けれども、その様子をみくりは知ることができない。このとき実家にはパソコンもモバイルルーターもなく、平匡とオンラインで顔を合わせることもできなかったみくりは、この文面を見て、平匡の気持ちが分からなくなってしまう。
おそらく平匡は、みくりを気遣ったのだろう。「僕は大丈夫だから、無理しなくていいですよ」と。けれども、その気遣いはみくりには伝わらない。スマホのカメラ機能が故障し、緊急事態宣言下で修理もままならず、カメラで亜江の写真を撮ったみくりは、コンビニの機械でSDカードからプリントアウトし、プリントアウトをスキャンしてクラウドにUPして亜江の写真を平匡に届けた。そこまで手間をかけて写真を送ったのに、みくりの気持ちは行き場をなくしてしまう。何が問題だったのだろうか。
私は『呪いの言葉の解きかた』(晶文社、2019年)の中で、相手の思考の枠組みを縛る「呪いの言葉」とは正反対の働きをする、相手の心を温め、相手に力を与える言葉を「灯火(ともしび)の言葉」と名付けた。どんな言葉がそういう力を持つのかと考えていて気づいたのが、私たちは自分が受け取ったポジティブなものを言葉にして相手に送り返すことに慣れていないということだ。
平匡は「ありがとう」と記している。平匡の素直な気持ちから出た言葉だろう。けれども、顔を合わせて告げられる「ありがとう」ならともかく、文面上の「ありがとう」はその気がなくても書けてしまう言葉であるため、この言葉だけではどんな思いが込められているか、相手には伝わらない。
「ありがとう。写真はもう送らなくていいです」というメールを目にしたみくりは、「もういい」というメッセージだけを受け取ってしまう。
論理的な考えを言葉にすることは得意だが気持ちを相手に伝えることには不器用な平匡の姿を通して、私たちは省かれてしまった言葉の大切さに気づかされる。
「たくさんの写真、ありがとう。亜江の表情がどんどん豊かになってきたことに驚いています。ひとりでいると、この先、どうなってしまうのか、マイナス思考にとらわれそうになっていたけれど、みくりさんと亜江の写真を見て、前向きな気持ちになれました。みくりさんもいろいろ大変でしょう。あんまり無理しないでください」
例えばこんな文面のメールだったら、みくりは嬉しいだろう。平匡に写真を届けるために要した苦労が報われる思いになっただろう。けれども、こんなふうに、何を自分が受け取ったかを丁寧に言葉にして相手にフィードバックすることを、私たちは省いてしまいがちだ。それが難しいというより、そうすることの大切さに、私たちはそもそも気づいていない。
期待は呪いになりうる
相手にポジティブな言葉を送ろうとするとき、私たちはつい、期待の言葉をかけてしまう。「頑張ってください」「これからも応援しています」のように。けれども、期待の言葉は「呪いの言葉」にもなりうる。
このドラマで平匡の父・宗八(モロ師岡)が語る言葉もそうだ。戌の日に安産祈願のお参りをしたあとで、宗八は平匡にこう語る。
「お前も父親かん……。家族が増えるっちゅうことは、責任が増えるっちゅうことじゃ。家族を養う大黒柱として、今まで以上に、責任をもって、しっかりせんにゃあいけん」
平匡は「うちは、夫婦二人でやっていこうとしてる。二人で分け合って、二人の責任で」と返すが、
「そん前に、男なんじゃけ、家長の責任ちゅうもんがあるじゃろ。男として、しっかりしろっちゅう話をしちょるんじゃ」
と宗八は繰り返す。