宗八にとって、奥手だった平匡が結婚し、さらに父親になるということは、とても感慨深いことであるはずなのだが、その感慨深さを平匡に語る言葉を宗八は持たない。そこで、「男として、しっかりしろ」と期待の言葉をかけてしまう。平匡は、窮屈な思いのなかで、それ以上の言葉を飲み込んでしまう。
「お前もいよいよ父親になるのか。嬉しいことだ」と言葉をかけてあげることができれば、その方が平匡は父親として頑張っていこうと思えただろう。なのに「男として、しっかりしろ」と言われると、平匡は、やはり父とは分かりあえないという思いにとらわれてしまう。
その後、平匡は、父親とは違う形での「理想の父親」を目指そうとする。そんな平匡にみくりは距離を感じるが、その違和感を平匡に伝えることができない。「写真はもう送らなくていいです」という平匡の言葉は、「みくりさんのためにも、自分はしっかりしないといけない」という、平匡の内面化された呪いから出た言葉であったかもしれない。
受け取ったものを言語化する
私たちが慣れていない、けれども大切なことは、自分が受け取ったものを丁寧に言語化して相手に返すことだ。今後に向けての期待を語ることではなく、これまでの相手のおこないを認めることだ。そうすることが相手の心を温め、相手に力を与える。
みくりの伯母・土屋百合(石田ゆり子)は、そういう言葉を高校時代の同級生・花村伊吹(西田尚美)に送り返している。独り身の百合は子宮体がんの詳しい検査結果を聞くために病院を再訪するにあたり、しばらく前に再会した花村に同行してもらっていた。別の病院で看護師長として働く花村は治療方針にも詳しく、病院の帰り道に百合は腹腔鏡手術にしようと思うと語り、花村に感謝の気持ちを伝える。
花村「元気そうで安心した」
百合「ホントはさ、ずーっと不安だった。……ホッとした。来てくれてありがとう」
花村「私こそ。頼ってくれてホッとした」
何がホッとしたのかと首をかしげる百合に、花村は語る。先日再会したときに「私、高校の頃、土屋のこと、好きだったんだよね」と語ったことが百合にどう思われたかと不安な気持ちだったことを。百合はこう返す。
「愛情か友情か、どっちかなって思ったけど、どっちの意味でも嬉しいなあって思ったよ。ひとりでまいってるとき、一筋の光みたいだった。『好き』って言ってくれてありがとう」
高校時代には女性が好きであると誰にも言えなかった花村。その花村の気持ちを、百合はこう受け止めて、言葉にして返した。今、花村は自分を認め、堂々と同性の彼女と付き合うことができていると百合に語る。
花村「50になって、またこうやって土屋と会えたことも、よかったって思う」
百合「ホントにね。年とるのも、いいもんだ」
百合は化粧品会社の部長。花村は看護師長。共に仕事の上で部下を抱える身であり、相手の話に耳を傾け、言葉で丁寧にフィードバックすることを日頃からおこなっているのだろう。だからこそ、こういうときにも相手に返す言葉が自然に出てくるのだろうと思わせる場面だ。
言葉による行き違いを繰り返しながら、言葉を通して分かりあおうとするみくりと平匡。そのみくりたちの親世代にあたる百合と花村。前編で紹介した平匡の元上司・沼田頼綱(古田新太)も百合の世代だ。より自在に言葉を扱えるようになった世代と、その過程にある世代。そんな二つの世代の物語としてこのドラマを見直してみるのも、味わい深いのではないだろうか。