労協の仕事は、「労働集約型」と言われる人間の労働力に頼る割合が大きなものが多く、コロナ禍でにわかに注目を集めるようになった、社会になくてはならない「エッセンシャル・ワーカー」と言われる仕事とも重なります。法律で定められた労協の目的を見る限り、今後もこうした社会に求められる仕事の担い手として期待されていくと思います。
5.なぜ今、労協法は制定されたのか
「協同労働」を推進してきた日本労協連は、20年ほど前から本格的に労協法制定運動(署名や集会などや、議会への働きかけ)に取り組んできました。民主党政権時代にもう少しで法律案ができるところまでいきましたが、その後は、しばらく停滞期に入ります。それが一転、2020年になって、全会派一致で議員立法として提案され、年末には成立。いったいどういう変化が起きたのでしょうか?
主に、2つの要因があったと私は考えています。
第一に、労協の実践が全国に広がり、「協同労働」の社会的有用性が多くの人たちに理解されるようになったからです。地域に必要とされる仕事を、市民自らが担う「協同労働」の実践が地域に浸透しているという事実が、人々(国会議員も含む)を動かしたのだと思います。
第二に、社会が直面している課題解決に向けて、時代がこの法律を求めたのではないかと思います。日本は少子高齢社会を迎え、同時に地方の衰退が急速に進んでいます。ただでさえ地域経済は縮小しているのに、地元の企業は東京に本社を持つ大企業に取って代わられ、利益を中央に吸い上げられています。地方の街が活気を取り戻すためには、中央の資本に頼るのではなく、その地域の持つ資源を活かし、地域で循環する経済の仕組みを取り戻していく必要があります。その時に、労協の仕組みが役立つと考える人たちが増えています。広島市の「協同労働プラットフォーム事業」など、地方自治体にも労協の仕組みを積極的に取り入れようという動きが始まっています。
また、非正規雇用労働者の比率が年々高まり、いくら働いてもまともな生活を送るだけの収入を得られないワーキングプアと呼ばれる層が増大し、格差・貧困が深刻な問題となっています。労働組合も組織率が低下し、正規と非正規の分断が生まれ、さらにはウーバーイーツの配達員のような、労働者保護制度の外に置かれる「労働者」まで登場しています。
こうした「働かされ方」への対抗手段として、“絶望の使い捨て労働から、希望の協同労働へ”の道がこの時代に拓かれた――これは偶然ではないと思います。労働者の主体性・自律性を高める働き方の出現(そして定着)が、時代に待ち望まれていたのではないかと思うのです。
6.社会への波及効果
●苦しい労働からの転換
就職を控えた学生たちは、自分が就職する会社はブラック企業ではないだろうか、使い捨てられてボロボロにされるのではないか、選択を誤れば一生台無しになってしまうかもしれないと不安を抱えています。彼らにとって、企業に就職して働くことは、我慢して苦役を受け入れ、自分らしさをあきらめ、社会的な倫理にもそむく「ろくでもない人間」になることと同義になりつつあります。
なぜ「働くこと」は、こんなに惨めなことになってしまったのでしょうか?
労協の働き方「協同労働」は、自分たちで労働条件を決め、自分らしさを捨てずに、社会に役立つやりがいのある仕事を追求する労働です。こうした労働の在り方が社会に広がることで、企業一般における働き方にもよい影響を与えることを期待します。
●資本主義経済を問い直す
資本主義のシステムは地球の隅々まで行き渡り、宇宙空間やサイバースペースまで広がり、そこに「ある」全てを商品化してきました。その結果が、激しい貧富の格差や地球環境破壊であり、人類に生存の危機をもたらしています。
成長の限界に突き当たった資本主義の最終手段が、グローバル化とそれを推進するための新自由主義だったのかもしれません。そこには、道徳も倫理もありません。ただひたすら「今だけ、金だけ、自分だけ」の価値観が求められました。
資本主義経済に対抗して、社会的経済・連帯経済と言われる、利潤の最大化ではなく、人間の生命を中心に置いた経済の仕組みを追い求める試みが今、世界中で生まれています。労協も間違いなく、この流れの中に位置づけられます。
労協法の制定により、株式会社で行われているほとんど全ての事業を、非営利事業として協同組合形式で行うことができるようになります。株式会社ではなく労協で起業しようという流れが生まれることで、人間を使い捨て、地球環境に無頓着な現在の企業の在り方を問い直す契機になると思います。
●民主主義を考える
前述したように、労協では、組合員が一人一票の議決権及び選挙権を持ち、「話し合い」による民主的な事業運営を行います。意思決定に時間がかかれば経営にマイナスではないか、結局声の大きい人や役割が重い人の意見が通り、対等平等の関係など成り立たないのではないか、といった疑問もよく投げかけられます。
制度ができれば、それで民主的な事業体がすぐに生まれるわけではありませんが、法律に「その事業を行うに当たり組合員の意見が適切に反映されること」と、書きこまれていることの意味は大きいと考えます。
そもそも日本人の多くは、民主的に対等な関係で議論しながら物事を決定していくプロセスに慣れていません。実際に、教育現場でそのような訓練は受けていないし、会社組織はピラミッド型の上位下達のシステムで動いています。地域活動の中にあるかといえば、いまだに地域のボス的な存在が支配する構造が見受けられます。
民主的な関係の中で働く経験を積むことで、人々の意識や関係性にも変化が生まれる可能性があると思います。法律が意図するような民主的な運営が全ての労協で行われるかどうか心配な面もありますが、それでも一人ひとりが自分の頭で考え、意見をぶつけ合い、結論を導き出すプロセスが職場に持ち込まれることへの期待のほうが大きいです。
法律が施行されるのは、おそらく来年(2022年)の秋以降になると思われます。すでにいろいろな人たちが、この法律を使って労協設立を計画していると聞きます。新しい時代を創るのは、国家でも市場でもなく、市民自身であるとすれば、この法律は大きな武器となるはずです。
BDF
BDFは、てんぷら油などの植物性の廃食油を再生して作るカーボン・ニュートラルの燃料です。ディーゼルエンジンの自動車を走らせることができ、ドイツを中心に欧州諸国で広く利用されています。