再審開始決定のニュースを聞くたびに、どうしてそんなに時間がかかるのだろう? 冤罪の可能性のある裁判をなぜもっと早く見直せないのか? と疑問に思う。第4次再審請求においても福岡高裁宮崎支部が即時抗告を棄却(2023年6月5日)して、またもや裁判のやり直しが認められなかった「大崎事件」。この事件が起きたのは1979年だ。大崎事件再審の弁護人・鴨志田祐美弁護士に、日本の再審制度について聞いた。
日本の「再審法」条文は、大正時代につくられたもの
──2023年3月、1966年に起こった「袴田事件 」の再審開始決定が大きな話題になりました。この事件で最初に再審請求が出されたのは1981年ですが、それ以外にも、数十年にわたって再審請求が続けられている事件は少なくないと聞きます。なぜ再審そのものでなく、「再審を開始する」こと自体に、これほど時間がかかるのでしょうか。
まず根底にあるのは、制度面での問題です。私たちもよく「再審法改正を」という言い方をしているのですが、正確には「再審法」という法律は存在しません。刑事訴訟法の第四編「再審」のところに19の条文があって、これが再審の手続きについて定めた法律のすべてです。刑訴法全体で500以上の条文があることを考えれば、いかに少ないかがわかるのではないでしょうか。
──なぜそんなに少ないのでしょう?
実はこの条文は、大正時代につくられた旧刑事訴訟法の条文が、ほぼそのままなのです。
戦後、日本国憲法が公布され、刑事訴訟法もその理念に合わせるための全面改正が行われたのですが、再審を含む上訴から先の手続きについては改正が間に合いませんでした。それでも、すでに終戦から3年以上が経っており、新しい法律に急いで切り替えなくてはということで、見切り発車で新刑訴法が施行されてしまったのです。
だから、再審手続きについての条文は、旧刑訴法の条文がほぼそのままスライドする形になりました。そして、その旧刑訴法というのは、職権主義といって、裁判所がさまざまなことを裁量で決めて手続きを主導できる、言ってみれば何でもやりたいようにやれるという立て付けのもとでつくられていた。何でも裁量で決められるのだから、具体的な手続きを定めた条文はもともと、ほとんどなかったのです。
現在の刑訴法445条には、裁判所が再審請求の理由について事実の取り調べをできると書かれていますが、手続きについての記述はほぼそれだけと言ってもいい。どんなふうに証人喚問をやるのか、裁判期日をどう定めるのかなどについても、まったく何も書かれていないのです。
──近年、司法制度改革が謳われ、刑訴法改正も何度か行われていると思いますが、再審手続きに関する部分は改正されてこなかったのですか。
一度もされていません。つまり、100年以上前につくられた条文が、ほぼそのまま使われているということになります。
旧刑訴法の時代、刑事裁判というのは「国家の威信をかけて、政府が悪人を捕まえて処罰するためにやるもの」でした。だから、「裁判所の判断が間違っていたからやり直しましょう」なんていう国家の沽券(こけん)に関わるようなことは、よほどのことがない限り認められなかった。その考え方に基づくルールがそのまま残っているのですから、なかなか再審開始が認められず、時間がかかるのも当然だと思います。
「開示されない」証拠が、再審開始の鍵を握る
──では、その刑訴法のもとでの再審請求手続きには、具体的にどんな問題があるのでしょうか。
まず大きな問題が「証拠開示」についてです。おそらく誤解している方も多いと思うのですが、刑事裁判においては、検察が収集した証拠のすべてが裁判所に提出されるわけではありません。検察は、自分たちに有利な──つまり有罪を立証するのに有利な証拠のみを提出すれば足りることになっているのです。
──逆に言えば、有罪立証に不利な証拠は提出されないし、裁判官はすべての証拠を見て判決を出しているわけではないということですね。
はい。そして、そうした「提出されなかった証拠」の中に、冤罪を疑わせるような証拠が隠れていて、それによって再審開始、無罪となったケースがいくつもあります。もともとの証拠とは無関係に、最新のDNA判定によって冤罪が明らかになった「足利事件」のようなケースもあるにはありますが、非常に例外的です。
だから、再審請求の際、弁護側はなんとか提出されていなかった証拠の開示を求めようとします。ところが、実は再審請求の場合、検察がどんな証拠を持っているのか自体を知る手だてがありません。
通常の裁判においては、2016年の刑訴法改正で、証拠一覧表の交付制度が始まりました。それを見れば、収集された証拠の内容がある程度はわかるので、「リストの何番にあるこの証拠を出してください」と言えるのですが、再審請求にはそうした規定もないのです。
──どんな調書があるのか、どんな鑑定結果があるのかもそもそもわからないということですか。では、どのようにして開示を求めるのでしょう?
「大崎事件」
鹿児島県大崎町で1979年10月、農業の男性(当時42)の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さんと、原口さんの当時の夫ら親族3人が殺人や死体遺棄容疑で逮捕された。原口さんは捜査段階から一貫して無罪を主張。鹿児島地裁は1980年、親族3人の自白などを踏まえて懲役10年を言い渡し、81年に確定した。
原口さんは1990年に出所し、95年に再審請求。地裁が再審開始を認めたが、福岡高裁宮崎支部が取り消し、最高裁が棄却した。2度目の再審請求は地裁、高裁宮崎支部、最高裁がいずれも認めなかった。元夫の遺族も2次請求から加わり、3度目の再審請求で地裁は2017年6月に再審開始を認め、検察側が即時抗告した。(朝日新聞:2018年3月12日)
その後、この即時抗告を2018年3月に福岡高裁宮崎支部が棄却決定し再審を認めるも、検察側は最高裁に特別抗告。19年6月に最高裁は職権で再審請求を棄却。20年3月、第4次再審請求を鹿児島地裁に申し立てたが、22年6月に棄却され、弁護側が福岡高裁宮崎支部に即時抗告していた。この即時抗告に対し、23年6月5日福岡高裁宮崎支部は棄却を決定、またもや裁判の見直しを認めなかった。(イミダス編集部)
冤罪事件、再審開始までに何十年も費やされた事件
日弁連が支援している再審事件は22年9月30日時点で14件
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/statistics/2022/5-5-1.pdf