安田 私が関心を持っている「ボドイ」(職場からドロップアウトして不法滞在・不法就労状態になっているヤンチャなベトナム人労働者の自称)も、大災害などがあった場合に行政は把握できないと思いますね。
変化する外国人のマナー
三浦 いま日本各地にベトナム人がたくさんいますよね。日本社会になじんでいる人もいれば、安田さんの本で紹介されている「ボドイ」のようなヤンチャなベトナム人もいる。どのように彼らを受け入れていったらよいとお考えですか?
安田 それはなかなか難しい問題ですよね……。そもそも、技能実習制度そのものが極めて問題のある制度です。いわば、発展途上国の田舎の貧しくて知識のない人たちを入国させて、日本の労働力として働かせるシステムじゃないですか。日本の事業者とかに取材すると、ベトナム人実習生のレベルが下がったっていう話をよく聞くんですが、それも当たり前なんです。日本経済は成長しませんけど現地の経済は成長していますから、かつて条件が悪くてもちゃんと働いてくれたような層の多くは、もはや実習生なんかにはならない。だから、ベトナムの地方とかから、従来よりも情報感度の低い人を探してきて、うまく話をして連れて来るしかないわけですよ。
三浦 ベトナムの経済レベルが上がってきたからですか?
安田 そういうことです。30年前だったらヤンチャなことをしていたのは、一部の中国人でした。池の鯉を捕まえて焼いて食べたとか、ピッキング窃盗を繰り返したとか。こうした30年前のイメージが引きずられているから、いまだに在日中国人のイメージが悪い。でも、いま彼らはヤンチャなことをしていません。なぜかと言うと、彼らが豊かになったからですよね。中国社会が豊かになると同時に、市民生活が向上して、あまり変なことをしちゃダメだっていう認識が共有されるようになった。ベトナム人にしても、将来的にもっと豊かになれば、現在の中国人と同じようなことになる可能性はあると思うんですよ。まぁ、別の国の新たな「ボドイ」が生まれるだけなのかもしれませんが……。
三浦 中国人の前には、イランやパキスタンからやってきた方々の日本でのマナーが問題視されていましたものね。彼らが当時、何を考え、震災をどう乗り越えたのかについても、『涙にも国籍はあるのでしょうか』で取り上げています。
安田 それも、結局のところ、そのときの日本の労働現場に人がいないので、当時ノービザで入れた国の人たちが、現場を支えてたっていうことですよね。もっと前だと、それはもしかすると、在日コリアンの人たちだったかもしれないし、さらには東北からの出稼ぎの人たちだったかもしれない。もちろん、それは「ボドイ」的な文脈ではなくて、非熟練労働者っていう意味ですけど。
異世界の扉はすぐそこに
三浦 いまの日本の社会って、確かに多国籍化しているのだけれど、日本人は日本人で生活し、外国人は外国人で生活しているじゃないですか。同じ国にいるのに、それぞれが別々のレイヤー(層)に分かれて暮らしていて、お互いが見えていない感じがします。
安田 いま日本各地にある異国の信仰施設の取材をしているんですが、神奈川にあるラブホが居抜きでそのままカンボジア寺になってたり、面白い場所がいっぱいあるんです。青森の十和田市には、デイリーヤマザキの居抜きのモスクがあるんですよ。
三浦 え、本当ですか!?
安田 これは行くしかないと思って、カメラマンと車で行ったんですよ。しかも1月の真冬。雪の中、ようやく国道沿いのデイリーヤマザキ・モスクにたどり着いたんですが、中には誰もいない。鍵が開いていたので、ガラガラッて入ったら、タバコの看板とかそのまま置いてある。コーランはどこに置いてあるのかと思ったら、昔の総菜コーナーの棚にバババッとコーランが並んでいるんです。地元で誰か知っている人はいないかと思って、たまたま歩いていたインドネシア人の女の子にモスクのことを聞いたら「知らないです」って言われて……。
三浦 私はいま北東北を拠点に取材を続けているのですが、知りませんでした。地元にも知られてないんですね。面白いなぁ。
安田 異世界への扉みたいなものって意外と身近にあるんですよね。覚せい剤をきめながら、ウーバーイーツの配達をしているベトナム人たちがたまり場にしていたネットカフェがあるんです。古いパソコンがいっぱい置いてあって、東南アジアのネットカフェみたいなんですが、そこは私の仕事場からママチャリで行けるような場所なんですよ。あと、習近平の個人情報を暴露したハッカー集団のリーダーは、なんと日本の滋賀県を拠点に活動していた。彼の話を聞いたファミレスは、私が小学校のときに通っていたスイミングスクールの隣でした。自分の生活範囲から数キロぐらいのところに、異世界は広がっているんですよね。