架空の事件などを信じ込ませて大金を奪う「特殊詐欺」。被害額は年々増え続ける一方だ。ビジュアル系バンド「Psycho le Cému(サイコ・ル・シェイム)」のベーシストseek(シーク)氏もこの夏、特殊詐欺グループに狙われた。そのやり取りは実に1カ月に及んだという。今回、その貴重な体験談を寄稿していただいた。「自分なら騙されない」と考えず、その手口の巧妙さを実感してほしい。
seekさん
■名指しでかかってきた一本の電話
人生で最も奇妙で忘れられない夏を経験した。自身のソロシングル「白濁に酩酊、泥濘の睡蓮」をリリースした7月2日。11月に開催される音楽フェス、CROSS ROAD Festの座談会のため、取材場所へ向かう。暑い一日。20分前に到着し汗を拭いながら主催者へ連絡を入れる。「seekくん。取材明日やで」。まさかのスケジュール管理ミス。
次の予定であるCDショップlittleHEARTS.新宿マルイメン店までは徒歩圏内であったため、新宿の街を歩いて向かっていたところ、一本の電話がかかってきた。普段であれば登録していない電話番号の着信に出ることはあまりないが、タイミングよく時間が空いていたことと、仕事絡みの可能性があったため咄嗟に出てしまった。
「シラミズタクマ様のお電話でしょうか。クレジットカードの不正利用の疑いがありまして、お電話させていただきました」。カードの不正利用を知らせる電話。個人名義、そして僕自身が代表を務める法人名義のクレジットカードを複数所有している。つい最近、同内容でカード会社から連絡がきて対応が大変だった話を知人から聞いていたので、これは面倒くさいことになるなと思った。
詳しく話を聞くと不正利用をされた場合、一度全てのシラミズタクマ名義のカードを止めなければいけないとのこと。仕事、日常生活でかなり不便なことになるので、まずどのカードが不正利用をされているのか聞いてみると、「三井住友銀行クレジットカードになります」とのことだった。個人、法人共に三井住友銀行クレジットカードは所有していないと伝えると「確かにシラミズタクマ名義の三井住友銀行クレジットカードは作成されている。カード申請は、5月23日三井住友銀行前橋支店で開設されたシラミズタクマ名義口座で受け付けされている」とのことだった。
前橋には行ったこともなければ5月23日は都内で仕事をしている。その旨を伝えると「不正に口座を開設、カードを利用されている可能性があります。この電話を三井住友緊急回線で群馬県警察本部のほうにお繋ぎしますので被害届を提出して、無関係証明書の申請をしてください」。そのまま外部へ電話は繋がり、群馬県警の織田文哉を名乗る刑事が対応してくれた。
名前、電話番号、住所、会社の情報などを伝え、被害状況を伝える。口座開設にあたり必要な個人情報の流出の可能性があるので、その経路となる仕事、友人、親族間でのトラブル、最近アプリやネット、会社で登録したものがなかったか、会社の勤続年数や法人、個人の口座情報など細かく聞かれた。この間、いちど通話が切れてあらためて電話がかかってきたのだが、スマホには前橋市の市外局番「027」が表示されていた。
時間にして約1時間が経過した頃。受話器の向こう側で慌ただしそうな別の会話が聞こえてくる。「……切り替え……逮捕状……事情聴取」、拾えるワードだけでも穏やかではない空気が伝わってくる。織田刑事より状況が変わったことが伝えられる。「シラミズタクマに対し逮捕状が出ました。これより事情聴取を行いたいので、街中ではなく個室になれるところへ移動してください」。電話回線を繋ぎながらショートメッセージで「小型無線電話機電波移動体通信サービスによる取り調べ同意書」並びに「逮捕状(通常逮捕)」が送られてきた。
「織田刑事」から送られてきた「取り調べ同意書」と「逮捕状」(著者提供。一部加工)
急展開な状況を飲み込めないまま場所をカラオケ店の個室に移し、事情聴取が始まった。この時点では「まさかこんなドラマみたいな話、話せば疑いは晴れるだろう」と思っていた。
■身柄拘束の危機と“優先調査”の提案
罪名「特殊詐欺関与の疑い」をかけられ、ビデオ通話での事情聴取。向こうは人型シルエットのアイコンのみ、こちらは映像を見られている状態。まず6月18日に逮捕されたという主犯格「齊藤礼二」の供述書が、防犯カメラに写る本人の写真と共に送られてきた。