家庭依存型モデルの崩壊
しかし、「男性が稼ぎ、家庭内福祉は女性が担う」スタイルにはほどなく限界が来た。
宮本さんは、均等法が施行された80年代半ばの労働市場は、不安定労働時代の前夜であったと指摘する。
「欧米の女性たちが本格的就労に進んだのが、60年代後半と言われています。この頃の欧米の経済は上り調子で、労働市場には女性が就ける正規雇用の“給与のいい仕事”が豊富にありました。一方で、日本では、80年代後半から90年代になってようやく女性の本格就労化が始まるのですが、90年代に入ると間もなく経済が下り坂に転じます。並行して雇用形態の多様化・不安定化も始まり、男女ともに非正規雇用化が進むのですが、数で言うなら、圧倒的に多くの女性が非正規化しました」
日本でも、高度経済成長期であった60年代なら安定した従来型の仕事があり、失業率も高くはなく、女性が労働市場で順調にキャリアを積み、経済力をつけることができたかもしれない。しかし日本では均等法がスタートした80年代半ばから、安定した仕事が少なくなっていく時代に突入する。1985年に成立(翌年施行)した、専門職に特化した「労働者派遣法」が96年に改正されると、業種が製造業含め大幅に拡大され、国を挙げての非正規化に舵を切った。「不幸なマッチングだった」と、宮本さん。

均等法第一世代は、安定した雇用と収入に恵まれる女性をわずかながら社会に送り出すことができたが、それらの女性は、その後の長期低迷経済の時代のなかで、期待されたほど増えなかった。
「90年代に入るとバブルが崩壊し、不況の影響が30年以上続くことになります。やがて就職氷河期に入り、正規の仕事がなく、生きるためのお金を稼ぐのすら難しい、という世代が生まれることになるのです」
就職氷河期世代とは、1993年から2005年ごろに大学を卒業した世代と言われる。この世代のなかに、家族を持つどころか、自分一人を養うことさえままならないという現状を生きざるを得ない若者が大量に生まれたが、女性の状況はより過酷であった。
「家族依存型モデル」に根差した、女性の労働は不安定でも、低賃金でもよいという社会通念が、氷河期でも作用し続けたからである。
「就業構造基本調査」には就職氷河期に、企業がどのような雇用をしていたかがわかるデータがある。1997年度統計で、大卒・大学院卒の20歳から24歳の正規雇用者数を見れば、男性が45万6000人であるのに対し、女性は22万4000人。2022年の同じ比較では男性45万5100人で、女性が48万6000人であることを鑑みれば、一旦、不況に陥るや、いかに企業が女性の採用を手控えたのかがよくわかる。均等法の改正で努力義務が禁止事項になったのが1997年。にもかかわらず、その年にこれほどあからさまな男女差別が横行していたのだ。
90年代以降は、日本全体を覆う不況によって採用控えやリストラが続き、男女ともに「いい仕事」が激減。増加し始めていた非婚女性や離婚した女性は「実家」に頼ることが難しくなった。男性のほうも、妻や老親を扶養する経済力が削られていく。2008年には「年越し派遣村」が大々的に報道され、男性の非正規化が「発見」された(ちなみに、女性はそれ以前から圧倒的に非正規労働を強いられていたのにもかかわらず、全く社会問題にされてこなかった)。ここへきて、家族依存型モデルが完全に崩壊したことで、女性の貧困がくっきりと可視化されることとなった。

構造的に横たわる不均等こそ見つめるべき
宮本さんが今、大きな課題だと認識しているのは、「家庭からも労働からも“排除”されている」女性が多くなっているという状態だ。
「この数年、均等法第一世代を含む35歳から64歳のことを『ミドル期』と区分して分析しているのですが、たとえば東京23区は、全国でもっともミドル期のひとり暮らしの男女が多い大都市です。しかし所得格差が大きく、特に女性のなかには、不安定で低賃金の仕事に従事している例が少なくありません。家庭と労働の両方から“排除”された女性たちといえるのではないでしょうか。近い将来、非婚・離別でひとり暮らしする高齢女性が確実に増加すると思います」
「家庭」からの排除は、裏を返せば、古い因習や押し付けられる性役割からの解放でもあり、女性を生きやすくする面もあるだろう。しかし、そこに「労働」で得られる経済力が伴わなければ、待っているのは、誰も助けてくれない貧困という冷酷な現実だ。事実、日本ではひとり暮らしの20~64歳女性の3人に1人、高齢(65歳以上)の単身女性の4割、シングルマザーに至っては2人に1人が相対的貧困状態にある。
宮本さんは強く訴える。
「家庭からも労働からも排除される女性は、絶対につくってはいけない。彼女たちの就労と生活を守るという政策を大胆に打ち出すべきです。現状への真摯な反省のもと、政策の抜本的転換をしないと、日本社会はもう持たないと思います」
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均等法成立から40年。確かに一部の女性たちは「均等」という“光”を手にすることができた。労働現場で、均等法が実現した意義は大きい。しかし、そうであっても未だに男女の賃金格差が存在し、女性の賃金は男性の8割以下に留まるうえに、さらに由々しい低賃金で生計を支える女性が少なくないという現実をどう捉え、どう変えていくのか。
私たちは、均等法の埒外にある広大な“無法地帯”をこそ、見つめなければならない。現役世代でさえ、女性の3人に1人が相対的貧困状態にあるという社会など、歪そのものではないか。パートや派遣であっても暮らせるだけの賃金と社会保障を手にし、明日のパンを心配しなくても生きることができる日々を望むことが、これほどまでに困難になっているのはなぜなのか。
宮本さんが「政策の抜本的転換を」と訴えるのは、そういうことなのだ。均等法の“光”だけではなく、日本社会と政治が放置し続けてきた、構造的な“不均等”の部分をも正視しなければいけないと改めて思う。