宇宙での大切な日課は「運動」
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の古川聡宇宙飛行士が、2011年6月から長期滞在を行っているISSは、地上約400キロの衛星軌道上を秒速約8キロの速度で周回している。そこには重力がほとんどなく、大量の宇宙放射線が飛びかい、大型バス1台ぶんの狭い閉鎖空間が居住モジュールとして用意されている。そうした環境の中、クルーである飛行士たちは集団生活を送りつつ、週に5日間働いている。1日の作業時間は約9時間で、うち2時間は「運動」の時間。土日は基本的に休みだが、土曜は船内の清掃や、通常業務以外の雑務に追われることが多い。また船外活動、シャトルやソユーズ宇宙船などとのドッキングに備えて、睡眠時間をずらすこともある。
このように、宇宙での滞在中はスケジュールがぎっしり組まれているが、そのための健康管理体制も充実している。ISSのミッションでは、飛行前、飛行中、飛行後を通して地上にいる医学管理チームが健康管理を行う。中でも大切なのは、毎日の運動。宇宙空間では地上のような1G重力がかからないため、骨や筋肉が弱くなりやすい。半年間も宇宙にいると、地球に帰還した際に転倒や骨折するリスクが高まることから、運動して骨や筋肉に負荷をかけ、減少を抑制する必要があるのだ。そこで、飛行中は微小重力を考慮した特別な器具を使って、週に6日間の運動が義務づけられている。
主な運動は、自転車エルゴメータ(エアロバイク)と、トレッドミル(ルームランナー)を週3回に分けて交互に。それに加えてスクワット、片足立ちのような筋力トレーニングを毎日3種ずつ、といった具合。プログラムはすべて日替わりで、体調に合わせてややきつい運動を、強弱をつけたインターバルトレーニングなども用いて効率よく鍛えるよう工夫されている。
ちなみにISSは90分間で地球を1周するので、24時間周期の昼夜の日照リズムがない。ヒトのホルモンや体温には、24時間の概日リズムがあるので、昼にあたる時間帯に体温が高まるポイントを作っておくと、夜にあたる時間帯には体温が下がって眠くなる。そのためにも、毎日運動を行うのは不可欠だ。睡眠薬も持参しているが、まずは自然の眠りを誘うことが原則なのである。
ストレス、けが、病気の対処は?
宇宙空間では骨量の減少、筋肉の萎縮、放射線被曝という、積極的に健康管理を行わなければいけない医学リスクが存在するが、もう一つ重要なのがストレス対策である。宇宙で長期間暮らす飛行士には、(1)地上と隔絶したことによる孤独感、(2)異なる言語や文化をもつクルーとの集団生活で生じるストレス、(3)危険と隣り合わせの環境による緊張感、という3つの大きなストレスがのしかかってくる。そのため、宇宙飛行士の候補生は飛行前からチームビルディングを目的としたキャンプ訓練を行い、リーダーシップやフォロワーシップ、およびストレスコントロール技術を習得。飛行中は地上に心理カウンセラーと精神科医が待機し、テレビ電話によるカウンセリングを定期的に行うなど、ストレスケアをサポートするようにしている。
JAXAでも日本語メールやインターネット環境、音声やテレビ電話、アマチュア無線などの通信手段を用意したり、家族からの写真やビデオメッセージの配信を行っている。また、基本となる宇宙食(標準食)とは別に、ボーナス食と呼ばれる和食を加工した宇宙日本食の供給、日本語の本や音楽CD・ビデオの提供などを行い、日本人飛行士の精神心理を支援してきた。
最近では、ツイッターや携帯電話などでより手軽に、地上といつでも交信できるようにもなっている。
飛行中にけがをしたり、病気になったらどうするのか?
実は、ISSには、クルーメディカルオフィサーという医師担当の飛行士が在駐している。今回のミッションでは、医師の資格をもつ古川飛行士がその任務につき、けが人や病人が出たら地上の医師と交信しながら診断を行い、船長と相談しながら治療にあたる。そのための医薬品や特殊な医療器具を持参し、点滴や投薬はもちろん、救急医療の現場で行われるような応急外科手術の訓練も積んでいるのだ。
宇宙生活での苦労は水と放射線
それでは宇宙での長期滞在中、最も心配なことは何か? もしも宇宙開発の初期なら「空気をどうするか」ということだったろう。しかし現在では技術が進み、宇宙ステーション内は酸素21%、窒素79%という、ほぼ地上と同じ組成の空気で常時満たされている。酸素濃度を高くしないのは、火災などの事故を防ぐためだ。空調や換気のトラブルはあるが、それよりも宇宙で飛行士が苦労するのは水に関すること。微小重力下では、水は床にこぼれ落ちず、球体や水滴の形で宙に浮く。それが周辺の装置に入りこんで故障させたり、人の気管につまって窒息させる危険性もあるので管理が大変だ。ISSのクルーは約半年間におよぶミッションの間、一度も入浴や洗顔ができない。顔や体の汚れは、液体石けんを含ませたタオルでふき取る。洗髪も、泡がたたず、すすぎもいらないドライシャンプーを使って行う。歯磨きは普通にできるが、磨いた後ですすげないので、歯磨き粉をそのまま飲み込むかペーパータオルなどにはき出す。トイレは大小便ともバキューム式で、水分だけを宇宙空間へ放出する。
しかし、宇宙で最も注意しなければならないのは、放射線の影響である。ISSが浮かぶ地上約400キロの軌道上には、太陽からの放射線、太陽系外から飛んでくる銀河宇宙線、地球の磁場にとらえられた放射線などが飛びかっている。そこから飛行士が受ける放射線量は通常、1日あたり0.5~1ミリシーベルトとされ、地上での約半年分を1日で被曝してしまう。
そこでJAXAでは、ISSクルーの生涯実効線量制限値を定め、この制限値をクリアできる人しか、宇宙飛行のミッションには任命しない。
また、太陽フレア変化などの異常事態もあるので、宇宙放射線環境のモニターと予測(宇宙天気予報)を行うとともに、クルーはフィルムバッチと呼ばれる線量計を常備し、船内モニタリングや血液検査も同時に行う。放射線が高まりそうな場合は、遮へい効果の高いサービスモジュール内に避難する、最悪のケースでは避難して地球へ帰ってくる、などの措置がとられることもある。
このように、宇宙で長期滞在するには、過酷な環境も覚悟しなければならない。