フィルター付きベントは機能しない
――新基準では、万が一消防車による注水もうまくいかずメルトダウンが起こってしまった場合にも、格納容器の破損を防ぐための対策として、フィルター付きベント施設の設置を義務付けました。
ベントというのは、原子炉の冷却機能が失われたときに、格納容器の内圧が高くなって破裂しないように、内部のガスを大気中に放出して減圧する設備です。放射性物質のガスを意図的に外に出すわけですから、本来はそんなことをしてはいけませんし、ベントをしなければいけないような事故を想定するなら、そもそも原子炉など作ってはいけません。それでも、どうしても原子炉を作り、ベントも取り付けるというのであれば、私はベント装置の先には当然フィルターが付いているものだと思っていました。
だから、1号機がベントした直後に爆発したとき、ベントしたことによってフィルターが目詰まりを起こし、その結果、格納容器内の水素が建屋にまわって爆発したと思ったのです。しかし、そもそもフィルターは付いていなかったと後で知り、仰天しました。そうか、東電も国も元々、こんな事故が起きるとは想定していなかったし、ベントをしなければいけない事故なんか起こりっこないと考えていたのでしょう。そのため、ベントにフィルターも付けていなかったのだなと気付いたのです。このフィルターのないベントでさえも、一応付けましたという体裁だけだったのです。
フィルターをつけて、それが完全に設計どおりに働けば、ヨウ素もセシウムも90%以上捕捉できると思います。でも、実際の事故においては、設計どおりにいくとは限りません。今回の福島の事故でも、格納容器下部の圧力抑制プールの水を通してからガスを外に放出するウェットベントをやろうとしましたが、期待どおりの機能を果たしませんでした。結果的に、2号機では圧力抑制プールが破損もしましたし、水素爆発も起こした可能性が高いです。
メルトダウンが起きれば、格納容器の中は猛烈な蒸気と水素が充満します。ベントして猛烈な蒸気を含んだガスが格納容器の中からいっきに噴き出してきたら、フィルターはおそらく目詰まりするでしょう。また、ベントフィルターの容器内部で水素が爆発するかもしれません。あるいは、フィルターが目詰まりすれば、上流のどこかで高濃度の水素を含んだガスが建屋内に漏れ出し、今回の事故と同じように水素爆発を起こすでしょう。
仮にフィルターが設計どおりに機能したとしても、放射能を含んだ希ガスは100%出てきます。
事故初期の被曝は希ガスによるものが大きいのです。
それに、加圧水型軽水炉(PWR)へのフィルター付きベントの設置は、5年間の猶予期間を与えるとしています。格納容器の破裂を防ぐために必要だと言いながら、猶予期間を与えるというのはどういうことでしょうか。もし、その5年のうちに事故が起こってしまったら、いったい誰が責任をとるのでしょうか。
プルームは放水では抑えられない
――新基準は、万が一格納容器が破損したとしても、あらかじめ配備した高圧放水車で水をかけて、大気中に漏れ出す放射性物質、つまり放射能雲(プルーム)の拡散を抑制するとしていますが。
もともと、希ガスはどんなに放水しても一切落とせません。それに、事故が急激に進行しているときに、そもそもプルームに放水することができるかどうかすら怪しいでしょう。
テロ対策などできるはずがない
――さらに、新基準は、航空機が上空から原子炉建屋に突っ込んでくるなどテロへの対策も盛り込んでいます。これについては、どう評価されますか?
今回水素爆発で吹き飛んだように、原子炉建屋というものは、それほど強度は強くありません。特に天井部分はペラペラです。格納容器にしても、横方向には厚いコンクリートの外張りがありますが、上部は蓋があるだけです。上から航空機が突っ込んできたら、手の打ちようがないでしょうね。
青森県六ヶ所村の再処理工場をつくるときも、米軍三沢基地のF-4ファントム戦闘機が突っ込んでも大丈夫と言いましたが、それはあくまで、F-4が通常の速度ではなく、エンジンを停めて滑空してきて横から突っ込むという都合のいい「想定」なのです。
本当にテロ対策をやろうと思ったら、米国のように軍隊でやるしかないでしょう。原発の周辺にミサイルを配備して、それで原発に突っ込む前に撃ち落とすしかない。「世界一厳しい基準」にするということは、テロ対策でも米国並みにやるということです。
でも、米国のような軍事超大国でも、9.11同時多発テロは防げなかったのです。本当に原発をテロから守ろうとすれば、どれだけお金がかかるかわかりません。それは全部、国民が負担することになるわけで、「そんなのやめようよ」と私は言いたいです。
メルトダウンはすでに4回起きている
――原子力規制委員会は新基準をつくるに当たって、今回の福島の事故のように放射性物質が大量に漏れ出す事故の発生頻度を100万年に1回程度に抑制するという「安全目標」を設定しました。こうした「安全目標」が設定されたのは、日本では初めてのようですが、これは評価できることなのでしょうか?
これは、「確率論的安全評価」といって、このくらいの確率でしか過酷事故は起きないと言えれば、原発を社会的に認めてもいいだろうという考えに基づいています。
一番初めにそれをやったのが、米国の原子力委員会が取り組んだ「原子炉安全性研究(リアクター・セーフティ・スタディ)」(1975年)です。マサチューセッツ工科大学(MIT)教授のノーマン・C・ラスムッセンが長となって、どういう事故がどれだけの可能性で起きるのかというのを、何千種類のケースを想定して計算したのです。その結果、原発で過酷事故が起きるのは、地球に隕石が落ちて多くの人が死ぬのと同じくらいの確率だから、そんなものはしょうがないから無視していいという結論でした。
この報告は原子力委員会が改組されてできた原子力規制委員会によって、1975年に公表されました。しかし、直後から多数の批判が寄せられ、原子力規制委員会の中につくられた検討委員会は1979年1月に、確率計算の絶対値を信用してはならないと結論を出しました。そして、その直後にスリーマイル島原発事故が起きてしまいました。それ以降、確率論的安全評価の数字は絶対値として信用してはならないというのが、世界の常識となっています。
確率論的安全評価には多数の欠陥がありますが、プラントの外部事象については除外して計算していることも決定的です。なぜなら、外部事象は何が起こるかわからないので、確率評価をすることができないからです。原子力規制委員会が決めた、過酷事故は100万年に1回の確率に抑えるという目標も、「テロ等によるものを除く」としています。外部事象の確率は計算しようがないのです。
だいたい、実際には、この半世紀余の間に、世界では1957年の英ウィンズケール原子炉事故、1979年の米スリーマイル島原発事故、1986年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故、2011年の福島第一原発事故と、4回もメルトダウンで炉心が溶けた過酷事故が起こっているのです。
希ガス
ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)、ラドン(Rn)の6元素の総称。天然の大気中の存在量は少ない。ウランが核分裂すると、核分裂生成物としてクリプトン、キセノンが生み出される。化学的に不活性で、他の元素と化合しないし、フィルターなどでは全く捕捉できず、事故初期の被曝の主要な寄与を与える。