マニュアルで事故を想定する無意味さ
――新基準のシビアアクシデント対策では、ハード面(設備)だけでなくソフト(現場作業)も重視するとして、「手順書の整備や人員の確保、訓練の実施」なども要求しています。
うちの原子炉実験所にも小さな原子炉がありますので、毎年緊急時の訓練をやります。私は「マンガ」だと思っているのですが、緊急時の訓練なのに、あらかじめすべてシナリオが決まっているのです。しかし、実際の事故は予測できない形で始まり、予測できない形で進行していくのです。そんな訓練は意味がないと私はいつも言っています。
いざ事故が起こったとき、最終的に何が力になるかと言えば、現場を本当に熟知している人たちが、それぞれの能力を最大限発揮して対応に当たることしかないと私は思っています。しかし、残念ながら、最近の流れは事細かにマニュアル化し、こうなったらここのボタンを押すとか、マニュアルに従って行動するようになっているのです。平常時はそれでいいのですが、いざ事故になればまったく意味がないと私は思います。
ソフトの面で言えば、いざというときに死まで覚悟して事故対応に当たる人たちが、下請け孫請けで何の保障もないうえ、危険手当まで搾取されたあげくに使い捨てにされる状況であっていいはずがありません。そういうことをきちんとしないままに、原発を再稼働するなど論外です。
通常、自分の労働力を売って賃金を得るのが労働です。しかし、原発の労働は、労働力ではなく、むしろ被曝線量を売るわけです。私はそもそもそんな労働はありえないと思っていますが、仮に認めるのであれば、被曝限度に達し、「線量を売り終わってしまった」後の生活も保証しないと、労働者として成り立ちません。
あくまで原発「推進」のための「規制」
――この新基準をつくり、実際にこれから審査を行う原子力規制委員会については、どのように評価されていますか?
私から見れば、何の進化もない、これまでとまったく同じです。
なぜなら、原子力規制委員会の下にある原子力規制庁の役人の大半は、これまでの経産省や旧原子力安全・保安院の役員が横滑りしただけだからです。彼らは、原子力を「国是」としてずっと推進してきた人たちです。
こういう構造の中では、規制委員会の委員や委員長を誰がやっても同じです。個人の問題ではありません。私は、田中俊一さんは個人としても「原子力ムラ」の人だと思っていますから、あのような人に期待するのは間違いだと考えていますが、たとえ私がなっても一緒です。
そもそも、日本という国は原子力基本法で原子力の平和利用を進めると決めていて、その下で動く組織として規制委員会も存在しているのです。規制委員会は「安全を確保する」と言いますが、あくまで原子力を推進するための規制であって、推進すること自体に反対はできないのです。
私はとにかく原子力はやめるべきだと言い続けているのですが、この国には、そんな私の思惑とは全然違う流れがあるのです。
事故は必ず想定外で起こる
――この新基準さえクリアすれば「安全が確保された」などとは到底言えないことがよくわかりました。そもそも原発において、安全を保証する基準をつくることは可能なのでしょうか?
事故を完璧に防ぐことは、そもそもできないことです。福島の事故は、確かに地震と津波が関係していた。だから地震と津波に対して、きちっとした対策をしないといけないのは当然のことです。でも、それだけやれば事故が防げるかというと、そうではないのです。
これまでに世界が経験した4回の過酷事故のうち、福島以外の3回は、地震も津波もない中、主に設計上の問題に人為的なミスが絡んで起きているのです。ですから、地震と津波の対策ができれば安全ですと言える道理はまったくありません。
先ほども言いましたが、そもそも事故は予測できないから事故になるのです。予測できていれば大抵の事は防げます。どんなに基準を厳しくして、どんなに対策をしたところで、事故は起きると覚悟しないといけないのです。
そのことは原子力規制委員会の委員もわかっていると思います。だから、今度の基準は「安全基準」とは言わず「規制基準」にしたのです。「これで安全だ」などとは、とても言えないからです。これは「規制基準」であって、どこまで規制すればいいかということでしかありません。
繰り返しになりますが、事故になるときは、「想定外」のことが必ず起きます。今回の福島の事故を「史上最悪」と言う人がいますが、更新されない記録は存在しないように、これから先、もっと「最悪」な事故が起きる可能性は否定できません。「想定外」のことが起きて事故になったときに、その結果がたいしたことでなければ「想定外だから仕方がなかった」とあきらめがつきますが、こと原子力の場合は仕方がなかったでは済まないくらい悲惨な状況が生まれます。
原発にかぎっては、「事故が起きるかもしれない」ことを絶対に前提にするべきではありません。どんな基準をつくっても事故の可能性があるのであれば、もうやめるしかないのです。
希ガス
ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)、ラドン(Rn)の6元素の総称。天然の大気中の存在量は少ない。ウランが核分裂すると、核分裂生成物としてクリプトン、キセノンが生み出される。化学的に不活性で、他の元素と化合しないし、フィルターなどでは全く捕捉できず、事故初期の被曝の主要な寄与を与える。