もう少し真面目な書き方をしよう。私は、過去ウン十年間その筋の専門家すら発見できていない幻の虫を探す際には、「いるかな」ではなく、いるものをただ見てくるつもりで探すようにしている。いるのだから見つかって当然、見つからないほうが奇跡――くらいに思っている。探す側が、探される側の存在をわずかでも疑ってしまうと、必然的にその探索努力もいい加減になってしまい、結果として発見できないという末路をたどりやすい。探す標的は必ずいると、信じて探すことはとても大事である。
大分県のとある山に、コゾノメクラチビゴミムシという虫が生息する。メクラチビゴミムシという珍妙だが由緒正しい名前の虫は、洞穴や地中の砂れき間に生息する盲目かつ米粒サイズな甲虫類の総称で、日本国内だけで400種弱も生息している。
そんなメクラチビゴミムシの一種たるこの虫は、1960年代まで同地に存在した小さな石灰岩洞窟に見られたのだが、この山はまもなく石灰岩採掘の鉱山として開発された。それに伴い、洞窟は跡形もなく破壊されてしまい、コゾノメクラチビゴミムシは姿を消した。環境省の刊行する絶滅危惧種の動植物リスト、通称「レッドリスト」においては、数少ない絶滅種に指定された昆虫の一つとされている。
甲虫類の専門家たちは、洞穴跡地の周囲に本種が生息できそうな環境はないとし、また跡地周囲には近縁の別種が生息することから、未来永劫コゾノメクラチビゴミムシが再発見されることはないと結論づけている。ちなみにメクラチビゴミムシの仲間は、原則として同じ場所に2種以上が共存しないとされている。
私は、それを大いに疑っている。実際に私はその洞穴があった大分県の鉱山に行ったことがある。鉱山自体は完全に開発され尽くしており、虫が住んでいそうな気配はまるでない。だが、少し鉱山から逸れると、湿潤な森が広がっており、豊富な水を蓄えた地下の隙間が思いのほか多い。
こういった隙間には、洞穴に生息しているような小昆虫がひっそり隠れて生きている可能性がある。どんなに偉い専門家でも、特殊な透視ゴーグルで地下のすべてを見て確かめたわけではないのだから、あの虫が絶対にどこにもいないなどとは断定できないはずだ。
矢口高雄の漫画『釣りキチ三平』(講談社、1973~83年)で、絶滅魚クニマスを探す話がある。その中で「いることの証明は簡単だが、いないことの証明は不可能だ」という趣旨のせりふが出てくる。クニマスは秋田県田沢湖にのみ生息する固有種で、1940年に絶滅したとされていた。漫画の中では最終的にクニマスが発見されるのだが、現実世界でも2010年、予想を外れた山梨県西湖に生き残っているのが京都大学研究チームによって確認され、話題になったのは記憶に新しい。
魚程度にそこそこ大きな生物でさえ、滅びたとされたものが今になって見つかるのだ。たかだか4ミリメートル程度、しかも深い地下にいる小虫がこの世から消えたなど、誰が証明できよう。私は余暇を見つけては、大分の山へと分け入り、必ずどこかにいるコゾノメクラチビゴミムシを探し続けている。昆虫採集は、やっぱり夢がなければ始まらない。結論として、昆虫採集に必要な極意、それは「夢」だ。