メタゲノム解析とメタボローム解析を統合
――「腸内フローラ」市場が活性化していく中で「メタジェン」の特徴とは。井上 メタジェンの強みは、腸内細菌の種類やその割合と、そこから産生される代謝物質の両方を統合解析できることにあります。ベンチャー企業の経営・研究をサポートする「リバネス」の立場からすれば、福田さんが腸内細菌研究の専門家であることは、やはり圧倒的な強みとなります。
福田 細菌の種類やその割合を網羅的に調べる技術をメタゲノム解析と呼び、代謝物質を網羅的に調べる技術をメタボローム解析と呼びます。われわれはこの二つの最先端科学技術を腸内環境に適用し、得られた情報を統合解析することで腸内環境の全容理解を目指しています。
井上 メタゲノミクスとメタボロミクスを統合した新規概念を「メタボロゲノミクス(MetaboloGenomics)」と定義し、これがメタジェンという社名の由来になっています。この統合解析するメタボロゲノミクスがコア技術です。
福田 元々、腸内細菌学は日本が得意とする研究分野で、現在は東京大学名誉教授で微生物学者の光岡知足先生が1960年代からこの研究分野を構築されました。その後多くの微生物学者が、培養法と呼ばれる寒天培地上で腸内細菌を培養し、どのような腸内細菌がいるのかを調べる方法で研究を行っていました。しかしながら、すべての腸内細菌が培養できないこともわかっていたため、腸内フローラ全体を把握することが困難でした。
一方で、ヒトのゲノムの塩基配列をすべて調べ上げる「ヒトゲノム計画」が2003年に終了。この間、ゲノムの塩基配列を調べるシーケンサーに劇的な技術革新が起こり、安価かつ短時間でゲノム解析ができるようになったのです。そこでゲノム研究者たちは、ヒトに代わるゲノム資源を探し始めました。その一つが、土壌や海洋などの環境微生物、そして腸内細菌だったのです。ゲノム解析では、細菌の生死にかかわらず、その環境に細菌が存在しその遺伝子が残されていればそれらを調べることができるので、これまで培養できなかった細菌も含めて腸内フローラの全容が初めて明らかになったのです。
井上 その結果、健康な人と病気の人の腸内フローラのバランスを比べたところ、どうも違いがあるようだということがわかってきたというわけです。
実際、腸内フローラのバランスの乱れが原因で病気になっているのではないか、という研究例が増えてきていますよね。大腸がんや生活習慣病はその典型例で、特に日本における大腸がん患者数の増加は、食習慣の欧米化で脂質の多い食事が増え、腸内フローラが変化したためだとも言われています。
福田 腸内細菌学の研究分野では、従来行われていた腸内細菌の培養法と、遺伝子レベルで解析するメタゲノム解析という新しい技術により、多くの研究成果がもたらされるようになりました。このような状況の中で私がラッキーだったのは、大学院生時代は嫌気性菌の培養技術を基盤とした研究を行い、腸内細菌学のイロハを学びましたが、学位取得後はメタゲノム解析やメタボローム解析などの網羅的解析技術を学ぶことができたということです。学位取得後にポストドクターとして、理化学研究所の大野博司先生のもとで研究を始めた06年頃、ちょうど従来の「仮説・検証型」研究に代わり、網羅的解析技術とコンピューターを使った情報処理による「データ駆動型」の研究方法が導入され始めました。いわゆるバイオインフォマティクスです。それにより、私ぐらいの世代の微生物研究者は、嫌でもバイオインフォマティクスを習得しなければいけない立場に追い込まれました。つまり、微生物学者として、メタゲノム解析やメタボローム解析を勉強した最初の世代になったのです。
井上 今後は、メタボロゲノミクスによる解析を広げていく一方で、福田さんが腸内環境の研究者、私が免疫の研究者という強みを生かして、免疫と腸内細菌との関係も明らかにしていきたいですね。人と腸内細菌は密に相互作用をしていますが、その間には免疫細胞が介在していて、生息する腸内細菌の種類や割合を制御しているのではないかといった説も出てきているので、それが明らかになれば、新たな展開も期待できると思います。
福田 一人ひとりの腸内環境を適切に「デザイン」することで、少なくとも腸内環境の乱れが発症の素因になるような病気の発症を減らし、予防医療に役立てるというのが我々のビジョンです。このような患者が減れば、その分、先天性の病気や難病の研究により多くの人員や予算が割けるようになりますよね。そうすれば、本当の意味で「病気ゼロ」社会が到来するはずです。我々の存在がその第一歩になれば、と思っています。