ニホンザルやチンパンジーのシラミはヒトには寄生しませんし、その逆もありません。
まずはお子さんの頭をチェック
アタマジラミに感染していることを示す一つのシグナルが「痒み」です。お子さんが頭を頻繁に掻いているしぐさを見掛けたら、要注意です。ただし、痒みというのは過去に吸血された時に出された唾液に対する免疫反応ですから、初めてのシラミの被害に対しては痒みを感じないものです。筆者は長年「蚊」を飼育し、自らの腕を差し出して吸血させることもしばしばですが、初めての種類の蚊に刺された場合、痒みも浮腫も生じないことがあることを何度か経験しています。
そして、アタマジラミの感染が疑われる場合は、生きたアタマジラミはとても素早く動き回り見つけるのがなかなか難しいため、髪の毛に卵が付いていないか確認することが重要です。卵は0.8 ミリ程度の長さで、通常は艶(つや)のある乳白色をしていますが、古くなった抜け殻などは透けた薄茶色に見えます。
アタマジラミが見つかったら?
医者に診てもらうとなると、皮膚科が専門になりますが、駆除薬「スミスリン」は保険適用外で、薬局で購入することができます。この駆除薬は蚊取り線香と同じピレスロイド系の殺虫剤が有効成分で、シャンプータイプと粉剤タイプがあります。用法用量通りに使用すれば安全性が高いものですが、卵には効果がありませんので、全ての卵が孵化するまでの約10日間、数回に分けて薬剤を使用する必要があります。また、シャンプータイプを使う場合は、風呂場でシャンプーを付けた後、この駆除薬に付属する目の細かいシラミ専用の「すきぐし」を使うことで、アタマジラミや卵を少しずつ取り除くことができますので、駆除薬とすきぐしの併用がより効果的です。
その噂は本当か?
(1)プールでうつる?
これに関しては、2007年に出された論文で完全に否定されています。アタマジラミをもつ4人のボランティアに30分プールで泳いでもらって調べたところ、頭から離れたシラミは1匹もいませんでした。水中でシラミは髪の毛にしっかりしがみついているので離れることがないようです。
(2)毛染めやパーマ液は有効か? ビネガーやアロマは?
毛染めやパーマ液に含まれるアンモニアは、もしかしたらアタマジラミ退治に効果があるかもしれません。しかし、もし自分の子どもがアタマジラミに感染したら、そういうものは使わないでしょう。さまざまな毒性試験や安全性試験をクリアした上で登録され、薬局で販売されている駆除薬に比べて、子どもにとって安全・安心だとはとても思えないからです。
また、ビネガー(食酢)やアロマオイルは安全面では問題ないのかもしれませんが、効果について、筆者は疑問視しています。なぜなら、本当にはっきりした効果があれば、正規のルートに乗ってシラミ薬として登録・販売されるはずだからです。日本の医薬品を取り締まる法律は、効果が確かめられていないのに効能をうたうことを禁じています。そして、衛生害虫用の殺虫剤は全て医薬品もしくは医薬部外品として販売されます。ですから、もし巷に医薬品や医薬部外品ではないのにアタマジラミなどの衛生害虫駆除の効果をうたっているものがあれば、それは明らかに法律違反ということになります。
(3)シャンプーやコンディショナーで窒息する?
ゴキブリが洗剤で死ぬのは、界面活性剤が気門に入って窒息するからです。しかし、アタマジラミは気門を自由に閉じることができるため、シャンプーやコンディショナーで死ぬことはありません。ただし、中にはジメチコンなどのシリコンオイルが配合されているものがあります。高濃度のシリコンオイルはシラミに毒性があることが分かっていますので、ある程度効果があるかもしれませんが、効果は有効成分の濃度にも依存しますので、あまり期待しない方がよいかもしれません。
(4)黒人にアタマジラミは寄生しない?
答えはノー。黒人であっても、アタマジラミに感染する人はいます。しかし、直毛の人より、巻毛の人の方がシラミ感染率が低いのは事実です。これは、髪の毛1本1本にしがみつきながら移動するシラミにとって、巻毛を動き回るのは容易ではないからです。また、強い「くせ毛」をもつ黒人の人たちは髪の毛をきれいに編んでいることも多く、これもシラミにとっては生活しづらい環境のようです。
(5)シラミは美味?
サルの仲間は毛づくろいで、シラミだけでなくマダニも取り除くことが知られていますが、取り除いた生き物のうち、シラミは食べるのにマダニは食べないことが知られています。これは複数種のサルで確認されています。理由の一つとして、シラミは食べることが可能な程度に美味だが、マダニはおいしくないこと、そしてマダニはシラミと違って皮膚に深く口器を突き刺し、固定するため、取り除く時に痛みがあるからではないかと考えられています。
(6)シラミの研究でノーベル賞をもらった人がいる?
コロモジラミが発疹チフスの感染に関与していることを明らかにしたフランスのシャルル・ジュール・アンリ・ニコル博士は、1928年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
シラミよ、おまえもスーパー化するのか?
最近、殺鼠(さっそ)剤が効かない「スーパーラット」、殺虫剤が効かない「スーパーナンキンムシ」など、薬剤への抵抗性を発達させた害獣や害虫が話題になることがあります。実は、アタマジラミも我が国で登録されている唯一の駆除薬の有効成分に対して抵抗性を示し、「スーパー化」した集団が確認されています。遺伝子が突然変異を起こしたせいで、殺虫剤が作用する神経のたんぱく質の構造が変化し、殺虫剤が作用できなくなっているのです。筆者たちは2006年から15年にかけて、全国より878人から採取したアタマジラミ2000匹以上について抵抗性遺伝子保有の有無を調べました。その結果、沖縄県から集めたシラミは実に96%以上の割合で抵抗性遺伝子を保有しており、この地域のシラミに駆除薬はほとんど効かないということが判明しました。
抵抗性があることを知らずに駆除薬を使い続けると、長期にわたって駆除がうまくいかずにその被害に悩まされることになってしまいます。こうなると、すきぐしを使って丁寧に取り除くしか手はありません。
発疹チフス
コロモジラミが媒介する病原体細菌・発疹リケッチアによる感染症。12日間ほどの潜伏期間ののち、発症すると40℃にも及ぶ高熱と共に頭痛や悪寒、四肢の疼痛を引き起こし、発熱から数日後に発疹が全身に及び、時に意識障害に至るケースもある。適切な治療をしない場合、年齢にもよるが、致死率は10~40%に及ぶ。
回帰熱
シラミやダニが媒介する細菌感染症。回帰熱ボレリアと呼ばれる病原体は、シラミ媒介性のものは1種とされ、全世界規模で分布し、ダニ媒介性のものは世界各地ごとに約10種類存在する。5~10日ほどの潜伏期間を経て、発症する。初期の「発熱期」には頭痛や関節痛などを伴い、時に髄膜炎や黄疸などを発症する。3~7日を経て、いったん発熱が治まると「無熱期」へ移行し、5~7日間を経て、再度「発熱期」に回帰する。適切な治療をしない場合、病原菌の種類や患者の健康状態などにもよるが、致死率は数%~30%に及ぶ。
塹壕熱
シラミが媒介する細菌感染症。バルトネラ属の病原体細菌によるもので、潜伏期間は2~4週間。約5日間隔で40℃にも及ぶ高い発熱を起こす「発熱期」と、いったん熱が下がる「無熱期」を繰り返すことから「五日熱」とも呼ばれる。発熱と共に骨や関節の全身疼痛が起こる他、発疹なども見られる。致死率は、1%未満とされる。