「トラブル」の場合
2007年、アメリカのホテル女王といわれた大富豪が87歳で亡くなったとき、遺産の一部である1200万ドル(約13億円[1ドル=110円換算])を愛犬に相続させていたというニュースが話題になった。額の大きさもさることながら、親族には相続がなかったことや、愛犬のマルチーズの名前が「トラブル」だったこと、そしてその「トラブル」には殺害の脅迫があるため、24時間の身辺警護つきで所在は公表されていないことなどが耳目を集めた。このニュース、ペットを飼っている人、とくに高齢や独り暮らしの人たちにとっては、別の意味で関心があったはずである。それは「自分が死んだとき、ペットの生きる道は?」ということだ。実際、弁護士や行政書士のところには最近、「ペットに遺産を相続させることはできるのか」という問い合わせが増えているという。
ニューヨークでは、ペット名義の信託を設立することが1996年に合法化されている。つまり、ペット名義の口座を開設し、管財人と世話人を任命、監理監督人をつけて信託財産を運営することができるのである。
日本における法的手続き
だが日本では、ペットは法律上「物」であり、権利や義務の主体となることはできない。ペット名義の口座を開設することもできないし、遺産を相続することもできない。そこで法律や遺産に関する文献やサイトなどを調べてみると、できるのは、「負担付遺贈」または「負担付の死因贈与契約」ということになる。負担付遺贈とは、ペットの世話を条件として誰かに財産を残すこと、負担付の死因贈与契約とは、約束内容を取り決めて相手と契約を結び、財産を贈与することだ。負担付遺贈は、あくまで単独行為であり、遺贈される側の都合は考えていないといってよい。それに対して負担付の死因贈与契約は、相手との契約である。ペットの世話の仕方やペットの死後の処理法、ペットの世話ができなくなったときの方法など、書面などで細かく取り決めた上で契約する。相手が納得している分、負担付遺贈より確実にペットの世話をしてもらえると考えられる。
もちろん、信託銀行などに信託することも可能だ。世話を頼む人に一度にお金を渡すと不安だから、定期的に一定額を渡したいという場合だ。つまり信託銀行に財産の管理を依頼するという方法である。これには、ペットの世話をする人や団体を受益者とし、信託銀行への財産交付の指示や、受益者がきちんとペットの世話をしているかどうかを監督する指図人を置く方法と、法的受益者を定めずに実質的な受益者をペット自身とし、世話をする人や団体を信託管理人とする「目的信託」という方法がある。
また、「最後までペットの面倒を見る」ことを目的とする財団法人を立ち上げることも可能とするサイトなどもあるが、運営には数千万~数億円の遺産が必要とされる。
最後の頼りはやっぱり「人」
法律上ではこのような方法になるが、「本当にペットをかわいがってくれるのか」という不安はどうしても残る。飼い主が一番望んでいるのは、自分と暮らしたときと同じようにかわいがってほしいということだし、それを法律として縛ることに違和感があるのもうなずける。さらに「そこまでするほどの財産はない」という人もいるだろう。一番よいのは、ふだんからペット仲間を作っておくことだろう。信頼できるペット仲間で、飼い主の死後は引き取って飼ってくれる人を探しておくのが一番だ。残すべきお金があるなしにかかわらず、自分のペットとして最後までかわいがってくれる“よき友人”ほど心強く、また確実なものはない。人間、年の順で死ぬとは限らない。年齢にかかわらず、お互いに法的な書面よりも強い約束を交わしておきたいものである。
そのような友人に心当たりはないが、財産はあるというのなら、死後にペットを引き取ってくれ、最期まで面倒を見てくれるという団体と契約をしておくのも方法だ。ネコを引き取って一般家庭と同じ暮らしを続けさせてくれる「猫の森」(http://www.catsitter.jp/neko_mori/1gouten.html)という団体がある。また、寄付だけで運営している「日本ドッグホーム協会」(http://www.doghome.jp/)もある。今後も同様の団体は増えていくことだろう。
自分の死後、家族の一員であるペットの将来を心配せずともよくなれば、高齢者も安心してペットとの暮らしを楽しめる。飼い主の死後、ペットが処分されるという悲惨な結果だけは避けたい。そのためにも、早い時期からアンテナを張り、自分の死後、ペットをどうするのかを決めておきたいものである。