だが、中国に生き残っていたトキを譲り受けて開始された環境省のトキ保護増殖事業には、1999年以降、明るい光がともり始めた。新潟県佐渡島にあるトキ保護センターで、トキは順調に繁殖し、現在100羽以上に増えている。野生復帰のためのトレーニングも始まり、2008年秋には試験放鳥が予定されている。成功すれば、日本の空に再びトキが舞う日がやってくる。
日本産トキ、絶滅への道
トキは体長約70㎝、翼を広げると約130㎝にもなる鳥だ。長いクチバシを水田や池の泥の中に突っ込んで、ドジョウなどの小魚やタニシ、カエル、サワガニなどをとって食べる。かつてはロシアのアムール地方、中国東北部、朝鮮半島、日本にかけて生息していたが、ロシア極東や朝鮮半島では絶滅したとされている。開発による森の消失で巣を作るための大木が奪われたことや、湿地が農耕地に変わることでエサ場が奪われたことなどが絶滅の主な理由とされている。日本では、明治時代に美しい羽をとるために乱獲されて激減。大正時代には絶滅したと考えられていたが、その後、島根県壱岐島、石川県能登半島、新潟県佐渡島で少数の生息が確認された。やがて保護活動が始まったものの戦争で中断。戦後、再び保護の機運が高まったころには、山間部の水田地帯の多くが耕作放棄されたことでエサ場が減り、また農薬の使用によってエサとなる小動物も減り、生息数が増えることはなかった。
1934年に天然記念物に指定、52年には特別天然記念物に指定、60年には東京で開催された国際鳥類保護会議で、国際保護鳥に指定されて保護活動が行われたにもかかわらず、生息数は減少し続けた。壱岐では45年に絶滅。67年、佐渡に「新潟県トキ保護センター」が開設され、負傷などで保護されたトキが飼育され始め、70年には能登に生息していた最後の1羽も捕獲され、センターに運ばれて飼育されたが、相次いで死亡。81年に佐渡に残っていた最後の野生のトキ5羽すべてを捕獲して飼育繁殖を開始したことにより、日本の野生を舞うトキは姿を消した。
最後に捕獲された5羽のうちのオス「ミドリ」と、同じく捕獲されたうちのメス「ミドリ」やセンターに残っていたメスの「キン」との間で、ペアリングが試みられたが、成功にはいたらなかった。そればかりか、捕獲されたトキは感染症や卵管閉塞(卵が詰まる病気)などで次々と死亡。そして2003年10月10日、「キン」が死亡して日本産のトキはついに絶滅した。
中国産のトキが日本の絶滅を救う
佐渡で野生の5羽を捕獲したのは1981年の1月だが、同年の5月、やはり絶滅したと思われていた中国でトキ生息が確認された。陜西省洋県で2つがいとヒナ3羽、合計7羽のトキが発見され、以後、生息地が保護されたことで個体数が増え始めた。99年1月、中国から日本国民への友好の証として、友友(ヨウヨウ、オス)と洋洋(ヤンヤン、メス)の1ペアがトキ保護センターに贈られた。この2羽がすぐに繁殖したところから、日本のトキに明るい光が見え始めた。同年の5月にユウユウ(オス)が誕生、翌年には新たに中国からメイメイ(メス)が贈られ、2001年にはヨウヨウとヤンヤン、ユウユウとメイメイの2ペアから11羽のヒナが、02年には12羽のヒナが育った。以後、順調にペア数が増え、08年7月1日現在122羽になっている。
トキの学名は Nipponia nippon だが、日本固有種ではない。この学名は江戸時代、日本にいたシーボルトが母国オランダに標本を送ったことから付けられたもので、本来はアジア大陸北東部に生息していた鳥である。ロシアや中国東北部で繁殖していたものは、中国南部や朝鮮半島で越冬していたと考えられていて、日本産のトキも中国産のトキも同種とされる。中国に生き残っていたトキが日本で繁殖、日本での絶滅を救ってくれているのである。
トキ保護センターには野生復帰ステーションができ、07年春から放鳥のためのトレーニングが行われている。自然界での採餌、飛翔、社会性、天敵からの回避、繁殖がその主な項目だ。人との間に一定の距離を保つことも、野生として生きるために必要な訓練である。さらに、トキが生きていける環境づくりも欠かせない。エサ場としての川の自然再生、健全な水田の整備、ねぐらのための森林整備などだ。佐渡では今、環境省、新潟県、佐渡市、NPO、学校、集落が協力して環境整備に取り組んでいる。そして08年秋の試験放鳥に向けた準備が、着々と進められている。
復帰ステーションでは、早くもケージ内のコナラの木に巣を作り孵化(ふか)が確認されていて、今後が期待されている。トキ保護センターのトキ保護専門員で獣医師の金子良則さんは、「繁殖に問題がないことは確認できた。トキの本能と力強さを感じている。放鳥後もその能力を生かして野生で繁殖してほしい」と大きな期待を語っている。
トキの分散飼育開始
07年1月、国内で3年ぶりに鳥インフルエンザが発生。トキの分散飼育が環境省で検討された。1カ所のみの飼育では、感染した場合、全滅の危険があるからである。離れた場所で飼育することで万が一の危険を回避することができる。12月、東京都の多摩動物公園に2ペア4羽が緊急措置として運ばれた。非公開で飼育され、08年4月22日には初めてのヒナがかえっている。トキ保護と東京の動物園(上野動物園、多摩動物公園、井の頭文化園)とのかかわりは長い。1953年に佐渡で負傷したトキが保護されたときに、上野動物園が保護飼育をしたことから技術協力が続いている。近似種のトキの飼育による繁殖の研究や、寄生虫感染の恐れのない飼料の開発などを行い、現在も、定期的な健康診断や緊急時の獣医師等の派遣などを、新潟県から委託されている。
環境省は、トキ飼育繁殖専門家会合で「トキの飼育マニュアル」を作ることを決め、新たな分散飼育場所を検討している。現在、新潟県長岡市、石川県、島根県出雲市が候補として挙がっている。飼育施設や体制整備の実績と計画の妥当性を検討のうえ、年内に飼育場所を決定する方針である。
国内で100羽以上に増えたトキ、08年秋の試験放鳥、各地での分散飼育。美しい「とき色」が日本の空を舞う日に向けて、大きな期待が膨らんでいる。