復活したトリプルアクセル
2009年12月末の全日本フィギュア選手権で、バンクーバー・オリンピックのフィギュアスケート日本代表が決まった。男子は高橋大輔、織田信成、小塚崇彦、女子は浅田真央、安藤美姫、鈴木明子のそれぞれ3人。アイスダンスはキャシー・リード、クリス・リード組が選ばれた。最大の注目は、やはり女子だろう。バンクーバー・オリンピック日本選手団の中でも、メダル有望株の筆頭だ。前回の06年トリノ・オリンピックの荒川静香に続く2大会連続での金メダル獲得に期待がかかる。特にエースの浅田真央は、最大の持ち味であるトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)が決まらない今季のスランプから、全日本で何とか抜け出した感がある。跳んだ2回のトリプルアクセルは、ショートプログラム(SP)の1回が2回転半と認定されたが、きれいな着氷で、わずかな回転不足だけだった。フリーの1回は、完ぺきな3回転半で文句なし。今季、もっともきれいな3回転半だったに違いない。
大きく開いた金妍児との差
今季は、3回転半に苦戦してきた。SP1回とフリー2回を合わせて、3回の3回転半を組み入れるオリンピック必勝のプログラムを組んだ。ジャンプ以外にも、ステップやスピンは非常に難度の高いプログラムで、完ぺきにこなすのは、さすがの浅田でも手を焼いた。全日本までに、浅田は8回の3回転半を試みたが、成功したのは09年10月グランプリ(GP)シリーズ開幕戦フランス杯フリーの1回だけ。その不調が、バンクーバーで金メダルを争うと見られる最大のライバル、金妍児(キムヨナ、韓国)に、大きな差をつけられる最大の原因となった 。今季、たった1回だけの直接対決となったフランス杯で、金妍児は浅田に36.04点の大差をつけ優勝した。SPとフリーを合わせ、各々の要素(1つ1つの演技)の出来不出来を計る出来映え点(GOE)でマイナスがない完全な演技。対する浅田は、SPの冒頭で予定していた3回転半、2回転トーループの連続ジャンプが、1回転半、2回転トーループになるミス。基礎点も9.5点のものが、2.1点となり、そこだけで7.4点のマイナスとなった。これにGOEがマイナス1点で、この連続ジャンプだけで予定していた点数より8.4点分の減点となった。
フリーでは、SP以上に差を広げられた。浅田は2回目の3回転半が両足着氷となり、2回転半と認定された。後半のダブルアクセル(2回転半ジャンプ)では、まさかの転倒。金妍児とはフリーだけで18.92点差。SPの17.12点差と合わせ、36.04点の大差は、過去8回の直接対決で最大の点差となった。
どうすれば勝てるのか
ここに来て、浅田と金妍児のライバルストーリーは、バンクーバーに向けて金が頭ひとつリードした形となっている。浅田は、どうすれば金妍児に勝ってオリンピック本番で頂点に立つことができるのか。オリンピック用プログラム(本番で替える可能性も残される)の技術の部分だけを分析してみよう。出来映え点を考慮しない基礎点だけで各要素の合計点を比較する。つまり、例を挙げれば3回転半は成功したが、出来映えは可もなく不可もなくで、出来映え点のプラス、マイナスはない0点として考えるということだ。ステップやスピンは、両者ともに、もっとも難度が高いレベル4の評価を得た基礎点とする。SPの技術の基礎点を合計すると、浅田が35点、金妍児が35.5点。わずか0.5点の差だ。フリーでは、浅田が65.15点に対し、金妍児は62.25点だから、2.9点差。合計だと、浅田が2.4点差で上回る。簡単に言えば、芸術の5項目(5コンポーネンツ)の点数が同点だとすると、両者が普通に演技すれば、浅田が勝つことになる。
しかし、そう簡単には行かない。芸術を現す5項目は、金妍児が絶対的に有利だ。今季のGPシリーズの5項目を両者で比較すると、金妍児のSPの平均が32.13点、フリーが63.15点となる。浅田はSPが平均29点、フリーが60.12点だ。平均で考えると合計で金妍児が6.16点、上回っている。技術点の基礎点の差2.4点は、この芸術点の差で逆転する。
リスクを取って挑む覚悟
明らかなのは、浅田は3回転半を3回跳ばないと勝負にならないということだ。上記の計算は、3回転半を3回跳んだ時の想定である。これが全日本の時のように安全策を取って2回だけだと、その時点で差は開く。確かに、金妍児がミスをするという前提で、安全策で行く道はある。無敵と見られた金妍児も、GPシリーズのスケートアメリカ、GPファイナルのフリーでは、冒頭の連続3回転ジャンプが決まらないミスが出るなど、浅田と同様に、初のオリンピック出場を重圧に感じ始めている。トリノ・オリンピックで金メダルを獲得した荒川に、3回転半、4回転、連続3回転などの大技はなかった。できることを完ぺきにこなすことで、金メダルを獲得した。浅田がどちらを選ぶか。今のところ、3回転半を3回入れることに、気持ちのぶれはない。リスクを取ってつかみ取る金メダルだからこそ価値がある。その判断が、最後まで間違いがないことを期待したい。
男子の高橋大輔、織田信成にもメダルの期待がかかる。2人のメダルへの道は、ともに4回転が決まるかどうかだ。浅田と同じく、転倒のリスクの高い4回転を跳ぶことで、メダルの道は開けてくる。
バンクーバーの男子シングルSPは2010年2月16日(日本時間17日9時15分~)から、女子シングルSPは10年2月23日(日本時間24日9時30分~)にスタートする。日本選手たちの活躍に期待したい。