寒さを描く噺
寒い冬の晩、町を流すうどん屋が、火に当たって温まりたいだけの酔っ払いに翻弄され、「裏通りはダメだ」と表通りへ出た途端、大店から「うどん屋さん……」とヒソヒソ声で呼ばれる。「これは大きな儲けになりそうだ」とホクホク顔で向かっていくうどん屋……。この「うどんや」という噺は、三代目小さん(1856~1930)が上方から東京に持ってきて以来の「柳家のお家芸」。五代目小さんの鍋焼きうどんを食べる仕草のリアルさは、まさに名人芸だった。底冷えのする江戸の夜を舞台とする「按摩の炬燵(あんまのこたつ)」は、足が冷えて眠れないと訴える小僧たちのために番頭が一計を案じ、酒を飲ませて温まった按摩の身体を炬燵代わりにするという珍しい噺。名人文楽のレパートリーで、今では柳家喬太郎(きょうたろう)が演じる。
真冬の身延山へお詣りに行った江戸の商人が、雪の中で迷い込んだあばら家で女に命を狙われる「鰍沢(かじかざわ)」、雪の降りしきる真夜中にやって来た訳ありの男女にたたき起こされた船宿の船頭が、悪事に荷担させられそうになる「夢金(ゆめきん)」などは、冬の情景描写がすべてと言ってもいい演目。名人が演じるこれらの噺を聴いていると、暖かい部屋の中でも寒さを感じるほどだ。圓生の音源がお勧め。
昨今はインターネットでも気軽に落語が聴ける。興味を持たれたら、試しに聴いてみてはいかがだろう。ただし、名作でもヘタな演者に掛かれば駄作になるのが落語という芸能。お気をつけあれ。
1分
銭一貫文(約1000文)に相当。江戸中期の公定相場では250文で1朱、4朱で1分、4分で1両。江戸時代は長いので、時期によって大きく異なるが、平均すると現代の物価に換算して1文=約16.5円程度。大工の手間賃が日に200~400文前後、蕎麦1杯16文くらいだった。(編集部調べ 参考資料:日本銀行金融研究所貨幣博物館ホームページ、「なるほど!大江戸事典」山本博文著、集英社、2010年他)
宝船売り
正月1~2日に縁起物の宝船の絵を売り歩く人。七福神や財宝、米俵などを載せた宝船の絵に「長き夜の遠の眠りのみなめざめ波乗り船の音のよきかな(なかきよのとをのねふりのみなめさめなみのりふねのをとのよきかな)」という回文の歌が書かれているもので、これを枕の下に敷いて寝ると、よい初夢が見られるとされた。(編集部調べ 参考資料:「大江戸商売ばなし」興津要著、中公文庫、2013年他)