記事に登場する「チッチ」というのが、わが家の長男。ミャンマー名、中国名、日本名、イスラム名と四つの名前を持つ長男ですが、「チッチ」は私がつけたあだ名です。その由来はミャンマー語の「チッテー」(愛してる)。女の子の愛称として使われることが多いのですが、おなかの中にいるときから「チッチ」と呼びかけてきたので、気にせずそのままいっちゃいます!
◆進め、母乳育児への道!
いきなりのカミングアウトですが、私は扁平(へんぺい)乳首です。(恥ずっ!)
扁平の度合いは、母から「子どもを産んだら、おっぱい吸わせるの大変そう」と言われるほど。それでも子どもは母乳で育てたい! そう思った私は、日本から取り寄せた本で母乳育児について勉強していました。そして妊娠中からおっぱいマッサージをしたり、乳首吸い出し器を買ったり。また、インターネットで「歯ブラシで乳首をこすると良い!」という情報を得てからは、毎日100回歯ブラシでこすりもしました。そうすると、乳首の皮膚が強くなり、赤ちゃんに強く吸われても切れにくくなるのだそうです。そうやって頑張ったおかげで、臨月にはお乳がちょっとにじみ出すまでに!
扁平乳首について、産婦人科の医師からは「大丈夫。赤ちゃんに吸われたら乳首も出てくるから!」と言われました。そして「お乳がにじみ出ているなら、これ以上いじくるな」と釘を刺される始末……。
そんなふうに母乳育児の準備万端でチッチが生まれた日。「初乳をあげましょう」と促され、おっぱいをくわえさせました。ところが上手に吸うことができず、お乳もほとんど出てきません。「ま、最初だからこんなものかな」。そのときの私は、そう軽く考えていました。
◆ミャンマーは母乳育児先進国
ミャンマーで人工ミルクだけで育児をした場合、平均収入の半分以上が吹っ飛んでしまいます。人々の収入に比して、人工ミルクはそれほど高価なのです。だから「母乳育児先進国」。医師たちが母乳育児を勧め、それが成功するようにフォローしてくれます。
例えば、日本から取り寄せた本によれば、母乳育児成功の秘訣は「母子同室」「2~3時間に1回の授乳」「人工ミルクを与える際は、哺乳瓶ではなくスプーンで飲ませる」だそうです。これらはミャンマーでは当たり前! 日本のように新生児室なんてないので、必然的に母子同室。医師からは2~3時間おきの授乳を指示されました。
ところが私たち母子は、最初の授乳に失敗。その原因を小児科医は私の扁平乳首のせいだと言い、産婦人科医はチッチが下手くそなせいだと言います。どっちやねん状態のまま、その次の日もうまく吸うことができず、夫が買ってきてくれた小さなスプーンで、人工ミルクを少しずつ飲ませました。
◆ミャンマーに扁平乳首はいないのか!?
驚いたのは翌朝の回診! 小児科の医師と研修医たちが、ぞろぞろと私の個室にやって来ました。そして、私の乳首について講義が始まったのです。
「この人は乳首がないから、赤ちゃんがおっぱいを吸えません」
いや、扁平なだけで乳首はあるんですが……。
「見なさい、これが扁平乳首です! このような場合は乳頭保護器を使用します!」
せっせとメモを取る弟子たち。完全に研修に利用されてます。その後も数人の医師が私の乳首を見に来たり(診るではなく!)、「乳頭保護器を見せてくれ」とやって来ました。そんなに扁平乳首が珍しいのか!? ミャンマーには扁平乳首はいないのか!? しかも医師が乳頭保護器を見たことないって、それでいいのか!?
それよりも問題は、チッチがうまく吸えないこと。その日、小児科医から「同時期に出産した人で、乳首がきれいな人がいる。その人の乳首を吸わせてみるか?」というビックリな提案がありました。妊娠中からあんなに準備をしたのに、わが子が自分よりも先に他人のおっぱいを吸うなんて考えられません! 即、断りました。とはいえ、チッチは生まれてから丸1日以上、人工ミルクしか口にしていません。結局、きれいな乳首を借りる流れになってしまいました。
見知らぬ人の乳首に吸いつく小さなチッチ。その姿を見ていたら、悲しくなって涙が出てきました。ところが、きれいな乳首でも3回ほど吸ったら力尽きて眠ってしまったチッチ。医師からは「起きたら、また吸わせにいくように」と指示されましたが、私の母性がそれを許さなかったので、無視。母乳育児の道を進むためには、チッチは私の扁平乳首から吸える力をつけなければならないのです!
◆息子がダメなら父親が!
その翌日、生まれて4日目は、スペシャルナースに補助してもらいながら、乳頭保護器をつけて母乳訓練を開始。スペシャルナースとは、普通の出産入院の料金とは別に、半日につき4000チャット(約400円)支払って付いてくれるナースで、授乳の補助の他に、おむつ替えやおっぱいマッサージ、げっぷ出しなどをしてくれます。
それでもうまくいかない私たち母子を見たナースから、こんなアドバイスを受けました。「ご主人に吸ってもらいなさい。いい乳首になるから」
実際、ご主人に吸ってもらったという知人もいて、同じように勧められたので、ミャンマーでは珍しくない風習なのかもしれません。乳首を吸い出すためと、乳管を貫通させるためなのでしょう。他人に吸ってもらうわけにはいかないし、「男は吸う力が強いから効果がある」とも聞きました。
なんとかチッチに母乳を飲ませてあげたい私は、もう必死! その夜、夫にお願いしました。ところが、その場にナースがいたので、夫は戸惑いぎみ。すると、ナースが部屋から出て行った瞬間、すかさず義母が「他の人が来ないうちに早く!」と、夫を急かしてくれました。
夜の病室で、義母に見守られながら、夫におっぱいを吸ってもらう私――。って、シュールすぎでしょっ!! お義母さん、あなたの息子の背中を押してくれたのはありがたいけど、席をはずしてくれるデリカシーが欲しかった……。
◆新米医師より母親判断!
乳頭保護器を導入した夜には、チッチは吸い方のコツをつかんだようでした。ところが、3時間吸い続けても泣きやみません。乳頭保護器と乳首の間に空気が入り、吸いつくことはできても、母乳がうまく飲めないのです。
それでも、回診に来た医師は「人工ミルクは飲ませるな」と言いました。でもチッチは3時間も頑張ったのに、おなかがいっぱいにならなくて泣いているのです! ここは、乳頭保護器も知らなかった新米医師より、母親判断の優先。スプーンで人工ミルクを飲ませてあげました。そんな母親の愛情と祈りが通じたのでしょうか、一夜明けると、チッチは乳頭保護器なしで、私の乳首からおっぱいを吸えるように!
ちゃんと吸えるようになった姿を小児科医に見てもらい、やっともらえた退院の許可。生まれたその日から5日間も扁平乳首との戦いに明け暮れ、見事に攻略したチッチに、すばらしい人生が開けますように! それにしても、人生の最初の困難が母親の扁平乳首だなんて……ごめんね。