他にも、道路や橋はもちろんのこと、田や湿地、崖の記号なども、重装備の戦車などが通れるか、歩兵が通過できるか、登れるかなどを知ることができる内容になっていました。
戦時中には、地図上で軍の施設を白抜き、あるいは公園などにカモフラージュしていました。何かに書き改めるならまだしも、白抜きだとかえって目立ち、重要施設があることが敵国に容易にわかり、間抜けな処置に思われます。一般図、つまり平時のための地図になった今は、米軍や自衛隊の基地も詳細に描かれています。地図に秘密はありません。
現在の地図記号は、たとえば大市街地の街歩きなどでは、小さな交番やビルの中の郵便局は発見すら難しくて、あまり役に立ちません。その意味でも、地図教育のはじめは、地図記号であって もいいのですが、ほんとうに必要なのは「地図の読み方」なのです。
やはり知らない場所にいった際、自分が今どこにいるのか、地図とどう対応させてどう歩くのか、そうした判断ができることが重要となります。そこでは、これまで述べた地図記号の中の建物記号だけでなく、道路や鉄道、建物、河川といった地図記号についての知識が必要です。それらを頼りに、実際に地図を片手に歩くなどの訓練も必要になります。さらにステップアップして、実際にその場所に行かなくても、地形や景色を想像できるようになれば、地図の愉しみも広がります。
街歩きにおすすめなのは1万分の1縮尺地図
それでは、具体的にどのような縮尺の地図がおすすめかというと、たとえば街歩きの場合は、全国の主要都市について整備されている1万分の1縮尺地図です。ショッピングなどが目的ではありませんから、多少情報の更新が遅くても、基本的な道路の骨格や地形に変化がなければ問題はありません。これが2万5000分の1縮尺だと個々の建物や道路が省略されていて、一般者の街歩きには不向きです。かといって、5000分の1縮尺などのより大きな縮尺の地図になると、情報量は変わらないのに大型になって、持ち運びにも不便です。 もちろん、郊外での野歩きや小山歩きなら、2万5000分の1縮尺の地図で十分です。
私の住まいの近く、常磐線に「佐貫」という駅があります。茨城県にあるこの駅には「当駅は、マザー牧場の最寄り駅ではありません」という貼り紙があります(地図研究家の今尾恵介さんが発見しました)。実は、マザー牧場の最寄り駅が「佐貫町」(千葉県)であることから、間違う人が増えて貼り紙をするようになったのだそうです。
原因は、ネット時代を反映したものです。マクロな情報の持ち合わせない人が、検索だけを頼りに目的地をめざした結果です。
このようなポイントとポイントだけをつなぐ情報で歩くのではなく、広がりや高さを感じるとることができる紙の地形図を持ってする街歩きには、遊びの可能性がたくさんあります。
たとえば、スマホの地図では味わえない等高線が表現する高低差を感じながら小路をたどって寄り道することで、緑多い急坂や人恋しい階段坂といった新しい発見があり、河川蛇行の周辺では、難しい読みの地名を発見し、地形と対比して納得する。そして街中では、三角点や水準点の標石に遭遇するといったことです。併せて過去の地図を携帯すれば、街の変遷を想像することができ、あるいは暗渠(通水路にふたをしたもの)になった旧河川探しもできて、愉しいものです。
こうした紙の地図の愉しみは、ネットショッピングで書籍を買い求めるのではなく、実際に書店に行って回遊しながら気になった本を買う、そんな愉しさに通ずるものだと思います。