ニンテンドースイッチの意図とその意味
2017年3月3日、「ニンテンドースイッチ」が発売された。任天堂が5年ぶりに発売する新世代ゲーム機である。このマシンはテレビに接続する据え置き型ゲームと、持ち運びができる携帯型ゲーム機の性能を兼ね備えている。ソフトは任天堂の人気ゲーム『ゼルダの伝説』の最新作が本体と同時発売された。今後は『スプラトゥーン』の最新作の発売も予定されている。いわゆるファミリー層のゲームファンたちは、これらソフトの発売を待ち望んでいる。発売日後、約2カ月が経ち、こうした基本情報が広まった感があるニンテンドースイッチだが、一般ビジネスマンがワクワクするようなストーリーはあまり語られていない。本稿ではゲームファンでなくても着目すべき、ニンテンドースイッチというハードの特徴について深掘り解説を試みることにする。
ニンテンドースイッチを漢字一文字で表すとしたら、それは「意」だろう。このマシンには表面の情報からはわかりにくい「意図」や「意志」が込められている。それぞれの特徴には「意味」がある。その含意を一つ一つ明らかにしていきたい。
素手でゲームを操作するジェスチャー・インタフェース
ニンテンドースイッチの最大の特徴は新型ゲーム機らしいグラフィックス性能でも、宣伝していた兼用機であることでもない。ジョイコン(Joy-Con)と名づけられた専用コントローラだ。このコントローラはプレイヤーのボタン入力信号を本体に送るだけではなく、センシングデバイス(センサー装置)の性格を帯びている。コントローラの側部には「モーションIRカメラ」が内蔵されている。IR(Infrared)は「赤外線」を意味する略語。すなわち、小型の赤外線カメラが付いている。このカメラは人間の目では見えない光を捉えて、モノの形や動きや距離を読み取っている。すると何ができるのか? たとえば、手のひらや指先を使ったジェスチャー・インタフェースが実現する。素手でゲームの操作ができると言い換えてもいい。1月に行われたプレス関係者向け発表会では、指をグー・チョキ・パーと動かすと、カメラがその像を認識する様子が紹介された。もちろん、ジャンケンポンだけではなく、この入力方法はアクションゲームのキャラクターを指で動かすなど、どんなゲームにでも応用できるのだ。
いや、逆に今までになかった入力方法が、新しいゲームを生む可能性もある。本のページをめくる。楽器を弾く。絵を描く。指で何かをつかむ、つまむ、握る、つぶす、はじくなど。使い道はいろいろとありそうである。このカメラは手以外のどんな像でも写す。ちなみに、本体と同時発売されたソフト『1-2-Switch(ワン・ツー・スイッチ)』では、プレイヤーの「口の動き」を感知して、どれだけ速くハンバーガーを食べたかを競うミニゲームが収録されている。
このように、「モーションIRカメラ」は既存のテレビゲームにインパクトを与え、またすでに実験的な製品もつくられはじめているわけだが、その真価は今流行の「モノ」と接続したときに現れてくるだろう。
現在、アメリカを中心としたIT業界では「アウト・オブ・ボックス」 (out of the box)という考え方が注目されている。従来のハードウェア=箱、あるいは四角い画面の枠にしばられないサービス合戦がはじまっているのだ。昨年、アマゾンは「アマゾンダッシュボタン」(Amazon Dash Button)という商品を販売した。洗剤・飲料・洗面用具・調味料・トイレ用品など。日常的によく使う製品ごとに、このボタンは発売されている。このボタンが洗濯機や冷蔵庫のそばにあれば、欲しいときにワンプッシュで注文できる。同じくアマゾンはAIを搭載したスピーカー型音声コントロール端末、「アマゾンエコー」(Amazon Echo)を販売。昨年のクリスマスシーズンには、品切れになるほどの人気製品になった。スピーカーの形をした端末に、利用者がしてほしいことを話しかけると、音楽の再生やニュースの読み上げなどを自動的に行ってくれる。あらゆるモノとインターネットがつながるインターネット・オブ・シングス、昨今のIoTブームが示すように、今、デジタルなサービスと物理的なモノとの新しい組み合わせが続々と生まれている最中である。
話をニンテンドースイッチに戻すと、ジョイコンに付いた「モーションIRカメラ」は、多様なモノを写すことができる。たとえば、キャラクターのフィギュアやプラモデル、レゴのようなブロック玩具などとゲームソフトを合体させた遊びをつくることができるのだ。もっと現実的な想像をすれば、カードゲームや地図の絵柄を読み取るコントローラというのは意外と早く訪れるかもしれない。「モーションIRカメラ」はゲーム機の使い方の幅を広げる。
触感を伝えるコントローラ
「モーションIRカメラ」と同時に、ジョイコンに備わったもう一つの画期的な技術は「HD振動」と呼ばれるものである。HDはhigh definitionの略。HD、すなわち高精細な信号によってジョイコンは振動する。今までのゲーム機でも、振動を伝えるコントローラはあった。それらは携帯電話のバイブレーターと同じで、小型モーターの回転によって振動を発生させていた。車が衝突したときに手元がブルッと震えるが、所詮その程度の演出にしか使われてこなかった。だが、ニンテンドースイッチのジョイコンが伝えるのは、まったくの別物だ。振動というよりは、何かを触っている感じがする。「HD振動」は人に触感を与えるのだ。空のグラスに見立てたジョイコン。コントローラを手に持っているだけで、氷が落ちた様子がわかる。その氷がコロコロと転がれば、手のひらを通して感触が伝わってくる。さらに、氷が追加されれば、その数は2個か3個か。触覚でわかってしまうほどである。いわゆる丁半博打のようなサイコロ遊びを思い出してほしい。伏せたコップに見立てたコントローラに手をかぶせる。コップを左右に振る。すると、コップの中で転がる二つのダイスの存在感が、手のひらや指先に伝わってくる。
この振動はモーターではなく超音波によって発生している。人間の耳には聞こえない微細な音波がコントローラを揺らすと、それを人間の手は触感として知覚するのだ。これは触覚フィードバック、触覚技術(haptic technology)、CPS(Cyber-Physical System)などと呼ばれることがある、先端技術の一つだ。
振動から触覚へ。ニンテンドースイッチは触覚という未知の領域に踏み込んだのだが、それは何を目指してのことだろうか? 前述した車の衝突時にブルっと震えるよりも、はるかにリアリティーのある未体験の演出をすることができるが、それだけではもったいない。触覚でなくてはいけない理由が、触覚がどうしても必要である理由があるはずだ。
VRゲームにスイッチするのか?
プレイヤーに触覚が伝わると、大きなメリットがあるのはVR(virtual reality)型のゲームである。 現在、ゲームビジネスの世界ではVRが注目されている。