多様性を祝う映画の祭典
東 まず、この映画祭が92年から続いているというのは、すごいことだと思います。最初は「東京国際レズビアン&ゲイ・フィルム&ビデオ・フェスティバル」という名前で、中野サンプラザの小さな研修室で映画を上映したのが始まりだそうですが、その頃は社会の偏見が今よりもっと強かった時代です。何かいかがわしいイベントではないかと思われて、抗議の電話がかかってきたこともあったと聞いています。
それでも毎年開催を続け、98年からは名称が「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」に変わり、2016年からは「レインボー・リール東京」という、同名のNPO法人が運営する映画祭となっていって、次第に、たくさんの企業が協賛してくださるようにもなりました。
私自身は「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」にも愛着がありますが、現在の「レインボー・リール」という名前からは、レズビアンやゲイのほかにも、トランスジェンダーやバイセクシュアルをはじめ、あらゆる多様性を排除しないというメッセージもあるのかなと感じています。
青山のスパイラルホールに、大きなレインボーフラッグが掲げられているのを見ると、毎年、とても誇らしい気持ちになるんです。こんな都会の大通りに、セクシュアリティーの多様性を祝う象徴の旗がきらめいている。これはLGBT当事者の方にとって、見どころの一つだと思います。
あたたかさも魅力!
――東さんにとっても思い出深い映画祭だそうですね。東 そうなんです。私は東京に来たのが09年で、それ以前は映画祭のことを知りませんでした。
カミングアウトしたのが2010年の秋、20代半ばの頃。その少し前から、私らしく生きていきたい、だから勇気をもってカミングアウトするんだ、と思い始めたけれど、当時はまだLGBTという言葉も今ほど認知されていませんでしたし、周囲の人に受け入れられるだろうか、と心の中は不安でいっぱいでした。
そんなときに、現在のパートナーの増原裕子さんに映画祭のことを教えてもらったんです。裕子さんは社会に向けてカミングアウトする前から、友達と一緒に映画祭に行っていたそうです。
映画祭にはLGBT当事者も、そうでない方も集まって、一緒に映画を楽しんで、一緒に笑ったり泣いたりできます。垣根をなくしていく、超えていくことができる。そういう経験が私を励ましてくれたし、心の支えになりました。
LGBTのお祭りとしては「東京レインボープライド」というパレードも毎年あって、仲間と一緒に街を歩くという経験から力をもらってきたんですけど、私は特に文化的なものが大好きなので、映画というカルチャーを通じてつながりができることにも大きな意味を感じています。
上映館は大きな映画館ではないので、みんながぎゅっと集まって座るのも、一体感があっていいんです。上映前に流れるCMも、LGBTに肯定的な企業のものですから、「あ、この企業もLGBTフレンドリーなんだ」と知ることができるのを楽しみにしています。ロビーには協賛企業がブースを出していて、ノベルティーグッズを配っていたり、物販したりしていますから、早めに来場されるのがおすすめです。
終わったあとにあたたかい拍手が起こる作品が多くて、会場が一つになりますね。お酒や飲み物を提供するブースもあるので、ロビーで飲んでいると知り合いに会って「いい映画だったね」とお互いに感想を話したり。裕子さんは、映画祭で大切なお友達と再会したこともあったそうです。
映画を通じて世界を考える
東 また、いろいろな国の映画が上映されるので、他の国のLGBTの方たちの状況も知ることができたり、勇気づけられたりします。LGBTという切り口ですが、描かれているテーマは多様で、移民や人種の問題など、他のマイノリティーのことを考えるきっかけにもなりますし、他の国の文化も見えてきます。私はHIVをテーマに扱った作品(第20回上映、「あの頃、僕らは いま語られるエイズの記憶」)も映画祭で見て、知識が広がりました。さまざまな面から私を育ててくれた、大切なイベントです。ほとんどは日本で初めて公開される映画ですし、ここでしか見られない作品もありますから、映画ファンなら見逃せない、貴重な機会だと思います。私も毎年、公式サイトやパンフレットを見ながら「どれを見よう」と計画を立てるんです。1日3作品見る、なんていうコアな映画ファンも多いですし、11年には、私もかなりがんばって全作品を見ました。人気のある作品はすぐにチケットが売り切れてしまうので、当日券もありますが、早めに前売り券を購入するのがおすすめです。
来日した監督さん、俳優さんのインタビューなどのイベントもあります。パンフレットは映画祭が近くなれば、上映館などで無料配布されますし、公式サイトでもチェックできますよ。
大半は長編映画ですが、それだけではありません。今年は「QUEER×APAC~APQFFA傑作選」と銘打って、アジア・太平洋地域の短編映画が6作品ピックアップされています。また、「レインボー・リール・コンペティション」では毎年、邦画の短編作品を募集していて、観客の投票でグランプリが決まります。新しい才能を探したり、一票を投じて参加したり、というのも楽しいと思います。
おすすめLGBT映画!
――東さんは、今年はどの作品に注目されていますか?東 まず絶対見たいのが『ファーザーズ』。タイの映画で、ゲイのカップルが孤児の少年を養子として育てるファミリードラマです。
今年(17年)4月、大阪市の男性カップルが、日本で初めて養育里親に認定されたというニュースが報道されました。養子と里親は少し違いますけれど、同性カップルが子どもを引き取って育てることに対して、日本でも少しずつ状況が変わってきている。私が住む東京都の基準では実質的に、まだ同性カップルは里親になれませんが、受け入れられるようになってほしいし、この先、同性カップルにもそういう選択肢が開けていってほしいと思います。
それからレズビアンの激しい恋を描いた『アンダー・ハー・マウス』も楽しみですし、私はドキュメンタリー好きなので『キキ 夜明けはまだ遠く』も楽しみにしています。ニューヨークのセクシュアル・マイノリティーの中でも、さらにマイノリティーである有色人種の若い人たちのカルチャーを描いたドキュメンタリーで、16年ベルリン国際映画祭でテディ賞最優秀ドキュメンタリー賞を受賞している作品です。
LGBT
【L】レズビアン(女性同性愛者)、【G】ゲイ(男性同性愛者)、【B】バイセクシュアル(両性愛者)、【T】トランスジェンダー(生まれた時に法律的、社会的に割り当てられた性別にとらわれない性別のあり方を持つ人。性同一性障害を含む)の頭文字をとった単語で、セクシュアル・マイノリティー(性的少数者)の総称の一つ。
同性パートナーシップ条例
正式名称は「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」。男女平等や、性別にとらわれない多様な個人の尊重などを目的に制定された東京都渋谷区の条例。2015年3月31日に同区議会で可決、翌月1日施行。条例では、LGBTと呼ばれる、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなど性的マイノリティーの人権尊重が掲げられ、同性のカップルを「結婚に相当する関係」と認める「パートナーシップ証明書」を発行することが定められている。