ただ、あまり実物に近づけすぎると、気持ち悪さが出てきてしまうんです。以前、ハナカマキリの胴体を作り込みすぎて、生理的な気持ち悪さを感じてしまい、結局、作り直したことがあったので、そうならない程度に抑えます。
逆に、クワガタのお腹など、実物がツルッとしすぎていて虫らしさを感じらにくいところには、装甲のようなひだを余分に加えたり、蝶の触角や口吻を、実際より見栄えがよくなるように長くしたりすることもあります。
このように、造形上のデフォルメをすることはありますが、生物学的な正確性に注意を払っているポイントもあります。インターネットに作品の写真を上げている以上、いい加減なことはできないのです。たとえば雄と雌の違い。トンボが交尾するときは、雄が上になるのですが、雌の首根っこを押さえつけるために、尻尾の先にY字形の鉤があるのです。雌には鉤がありません。
標本ではなく作品ですから、こうした点にこだわりすぎなくてもいいのかもしれませんが、せっかくなら見た人を唸らせるくらいに作り込みたいと考えています。
――蝶やトンボの、繊細な翅も目を引きます。どうやって作るのですか?
齋藤 まず竹ひごで外枠を作ります。1ミリ以下の厚さ、細さに竹を切り、熱したコテをあてて曲げる。実物の虫の翅には脈(翅脈)があるので、外枠の中に、一本一本の脈を接着剤でつけていきます。特に蝶の場合、色は複雑でも、翅脈は意外とスカスカのこともあるので、網目のように模様を入れることもあります。実物どおりに表現するときには、スカスカ具合がさみしいので、「竹紙(ちくし)」を貼り付けます。
竹紙には、「竹から作った紙」という意味もありますが、ここで言うのは、竹の内側から取れる薄皮のことです。中でも、淡竹(はちく)は竹紙が一番きれいに取れる。割ると内側の竹紙がほぼはがれて浮き上がっている状態なので、手でぺりぺりとはがしていくのが気持ちいい。破れやすい薄膜ですが、その分、翅の繊細さを表現できます。
独自の研鑽、が凄い!
――これほどの細工物を作れるようになるまでに、何年くらいかかったのでしょう?齋藤 竹細工を始めたのは、10年ほど前のことです。僕は静岡県の松崎町という、伊豆半島の突端にほど近い町で育ちました。海と山しかないようなところで、男子はみんな、放課後や夏休みになれば虫採りに行ったり川に行ったりして遊ぶ。特別に虫が好きというわけではないのですが、自然と虫に親しんで大きくなりましたね。
高校を卒業してからは東京で働いて、10年ほど経ってから家庭の事情で故郷に帰ってきたのですが、東京でのオーバーワークに加え、地元でも働きすぎて体を壊してしまいました。そこで少し仕事をセーブしたら、夜に何もやることのない時間がぽっかり空いてしまった。そんなときに思い出したのが、祖父や父がかつて趣味で作っていた竹細工。静岡県ではもともと、「駿河竹千筋細工(するがたけせんすじざいく)」という伝統工芸が盛んで、竹ひごを使った虫かごなどが有名です。父も趣味の域を超えて、知人の民芸品店に作ったものを置いてもらったりしていました。
父が生きていた頃は見ているだけでしたが、暇を持て余すようになり、「周りに竹はいっぱいあるし、何か作ってみようか」と思って始めたのがきっかけです。
――最初はどんなものを作ったのでしょう?
齋藤 初めはインターネットでいろんな作品を見て、竹細工で一般的な鈴虫から始めました。「かわいい」と言われるような、ほのぼのした作品でしたね。構造も簡単だったので、その頃は一晩に一つくらいは作っていたかな。そこから少しずつ改良して、だんだん今の形になりました。
どんなものに影響を受けたかというと、僕は自在置物(江戸時代中期~明治時代に流行した、生き物の動きを再現させることのできる金属製の置物)がとても好きなんです。現在も一人だけ自在置物を作れる満田晴穂(みつた・はるお)さんという職人さんがいるのですが、その作品の迫力が凄い。他にも、大竹亮輔さんという木彫作家が作った、イセエビの木製自在置物も素晴らしい。一切の色がないのに本物かと思うほどの再現度です。二人のような若いアーティストから刺激を受けて、今のような複雑さ、再現性、鋭さや迫力が作品に表れてきたように思います。
どんどん複雑な形になってきたので、今は1カ月に一つ作れるかどうか。本業が別にありますから、平日は1~4時間くらい作業に没頭しています。仕事が休みで、終日かかりきりになれるときにはずっと制作しています。完成が近づくと楽しくなって止められません。
――総作品数はどのくらいになりますか?
齋藤 もう数百点にのぼりますね。特に海外の方から「売ってほしい」とよく言われますが、繊細すぎて送れないので、基本的にはお断りしています。ただ、知人を通じての委託販売や、展示会での直接販売などで、少しずつ数が減ってきてはいます。
作り方を教えてくれと言われることもありますが、私の昆虫竹細工は系統立てて学んだものではありませんし、制作中も試行錯誤を繰り返しているので、たとえ設計図があって、材料があったとしても難しいでしょうね。
生命の一瞬をとどめる
――改めて見て、正面だけでなく、背中や腹、脚の先まで、360度、どこから見ても「隙」がない作りです。齋藤 作品には「裏面」を作らないようにしています。正面からは見えない部分、腹が接地面だとしても手を抜かずに作ります。持ち上げて見てももちろん大丈夫。脚や触角も、体に穴をあけて挿すのではなく、必ず胴体から関節を作り、一つ一つのパーツをつなげて作っていくことで、生き物としてのリアリティーが出る。このカマキリは首を動かすこともできるんですよ。
昆虫の一瞬の姿をどうやってとどめるか。昆虫標本は実体があり、色もきれいですが、生きてはいませんよね。躍動感がありません。写真は1000分の1秒を捉えますが、立体ではないので一つの角度からしか見ることができない。標本でも写真でも出し切れないリアリティーを、昆虫竹細工で表現したいと思っています。
竹細工は色がなく、見た目が地味ですから、子どもたちはあまり興味を示しません。むしろ素通りしてしまいます。しかし、それなりに人生経験を重ねている人が見ると、「まるで本物のようだ」とか、「本物よりも素晴らしい」などと言ってくれることがあります。おそらくは、虫の動きや彩り、命の息づきを想像し、補完して見てもらえているのではないでしょうか。そういう余地があるところが竹細工の面白みかなと思っています。
*齋藤徳幸さんの作品は、下記HP「昆虫竹細工 BAMBOO INSECTS」で見られます。
http://take64.wixsite.com/musi(外部サイトに接続します)
*写真の複写・転載を禁じます。