たった43年前ですから、将棋界での男女の差を埋めるにはまだまだ時間が足りないと思います。
でも今の時代はもう男性も女性も関係ありません。これからはきっとバランスが取れていくのではないでしょうか。今まで周りを見ていると、女の子の方が他に楽しいと思えることの選択肢が多くてちょっとした理由でやめていく子は多かったですね。男の子の方が勝負に夢中になりやすいと思います。私は男の子っぽい子どもで、勝負にのめり込んでいったから、あまりそのへんの女の子の心理は分からないんですが…。
男女の脳に差があるという説も聞きますけど、個人的には、あると思いたくないです。だって、女性は将棋に向いてない、という結論になったらイヤじゃないですか。
もちろん、何か差はあると思いますよ。体の構造だって全然違うわけだから、男女差がないと言い切ることはできません。でも、差があろうがなかろうが、本当に将棋をやりたいかどうかですよね。たとえ男性の方が向いていると言われても、「あ、そうですか?」という感じです。「私は女ですけど、やりますよ将棋!」と。
激動する将棋界はどう生き残りを図れるのか
近年、プロ棋士とコンピュータソフトの対局にも注目が集まっています。「将棋電王戦」では今年(2017年)春、ついにタイトルホルダーの佐藤天彦(あまひこ)名人が敗れるという事態になりました。また同年8月には、菅井竜也(すがいたつや)七段が王位戦で羽生善治(はぶよしはる)王位を下して、初の平成生まれのタイトルホルダーになりました。そして史上最年少の14歳2カ月でプロ入りし、29連勝という新記録をうちたてた藤井聡太四段の快進撃。今、将棋界は大きく動いている、激動の時期を迎えていると感じます。
同時に、一般の方、アマチュアの方の将棋の楽しみ方や関わり方もかなり変容してきていると思います。以前は、将棋を覚える一番のきっかけは、だいたいが、将棋を楽しんでいるおじいちゃんが教えてくれた、というものでした。ところが最近では父親や祖父に当たる世代の方も将棋をやらなくなってきて、将棋盤がない家庭が増えてきました。
そこで、自宅で将棋を指す以外の形で、例えばメディアで放送されている将棋の対局を観て楽しむ方が増えてきました。
最初は、自分も将棋を指す方が観ていました。ところが次に、自分は将棋を指さないけれど、対局を観て、戦術や戦い方を楽しむ方、いわゆる「観る将」が増えてきた。
更に最近では、対局の内容だけでなく、プレーヤー、棋士の方にも注目が集まるようになってきました。将棋は全然分からないけど、例えば「藤井聡太さんファン」「羽生さんファン」といった、棋士に注目する将棋ファンが現れた。藤井四段愛用のリュックサックが欲しいとか、対局中に注文する出前のメニューが話題になったりします。
将棋は平安時代からずっと娯楽として楽しまれてきましたが、第二次世界大戦後、いろいろな娯楽が増えてくる中で生き残るのは、実は大変なことだったと思います。
そもそも娯楽って、新しいものの方が面白いと思うんです。私はテレビゲームも大好きですが、新しいソフトが出てくると、それまで味わったことのない面白さが味わえます。でもしばらくすると飽きて、次に新しいものが出てくると、そっちの方が面白く感じます。面白さが消費されてしまうからどんどん新しいものを作っていかないといけないんですよね。
でも将棋は、平安時代頃からルールがほぼ変わっていません。その枠の中で、プレーヤー同士が新しさを作っていく。消費されにくいしお金もかからない。一人ひとり「棋風」も全く違います。そのぶつかり合いの中で新しさが生まれてくるし、予想どおりの結果になることは絶対にありません。ゲームのように「攻略」できたりもしませんし、毎回違う「発見」や「解釈」が生まれる。どちらかといえば面倒くさいものです。やればやる程面白いし、やってもやっても飽きません。何十年やりこんでも、まだ極められない奥深さがあります。
だけど、その面白さが伝わらないと、気軽に楽しい気分になれる新しい娯楽に負けてしまう。今までと同じアピールの仕方では、将棋は淘汰されてしまうかもしれません。ですから、「観る将」やプレーヤーを応援するファンのように、いろいろな将棋の楽しみ方が出てきたのは、とてもいいことだと思っています。
将棋を他の世界から俯瞰して感性を養う
私がプロになったのは2008年で、当時既に将棋のコンピュータソフトはありましたが、その頃は、人間でなければ将棋を極められない、だからこそ極めたいという100%純粋な思いがありました。けれどもその後コンピュータソフトがどんどん強くなってきて、2012年にはプロ棋士とコンピュータソフトが戦う「将棋電王戦」が始まり、今年は佐藤天彦名人を破るまでに強くなっています。じゃあ、人間だからできることって何なんだろう。それを模索していく時代を迎えたのかな、と思います。
私は、人が生き生きする、人らしくあることの価値が高まってくるのではないかと考えています。20歳頃までは将棋の世界でのみ生きていましたが、将棋以外の仕事にも取り組んでいこう、と思っています。今はテレビゲームの番組でもレギュラーで呼んでいただいたりしています。
将棋以外の活動をすることが、将棋の技術にプラスになるかというと、直接には結び付きませんが、何か取り入れられるかもしれない、という目線で外の世界に目を向けることには価値があると感じています。
自分の感性だけにとらわれると弱くなってしまうと思うのです。例えば将棋以外のゲームのプロの方やクリエイターの方と話すことで、違う分野の勝負哲学が聞けるのは面白い。「100%将棋」より、将棋以外の世界と関わる時間を大事にした方が、効率がいいのかもしれないと思うようになりました。活動の幅を広げたことによって、マイナス思考にとらわれ過ぎることがなくなって、時間を上手に使えるようになってきました。そのことで自信や、心の安定感も生まれてきました。技術的にも実力を出せるようになってきたと思います。自分にはそれが合っていると思うので、他の世界とも上手に付き合いながら、マイナス思考を減らしてプラス思考がたくさんある状態を作っていきたい。他の分野の仕事が増えた分、将棋の研究に費やせる時間は減るのですが、その限られた時間でいかに効率的に将棋を研究し、より集中して次の対局に向けた準備ができるかを考えています。けっこう今は「効率マニア」というか、「効率」にこだわっています。
それから、単純に勝ったときに「おめでとう」と言ってくれる人が増えましたし、ゲームの番組で私を知って、それがきっかけで将棋を観始めた、という話を聞くと、とてもうれしいですね。私自身、自分のことをまだまだ分かっていませんが、これからも異分野へ挑戦をする中で、いろいろな角度から物事を考えたい。そこで見えてきた自分の適性を生かして、最終的にはやっぱり将棋の普及に努めたいです。
今、将棋ブームの影響で、私もメディアに出させていただく機会が増えました。今まで将棋に興味がなかった方にも将棋の面白さを伝えていきたい。
アマチュアの六段
プロとアマの段級位制は異なる
棋風
将棋を指すときのその人の個性や特徴
詰み
玉将の逃げ場がなくなって負けとなること
中村修師匠
中村修九段、現・日本将棋連盟棋士会会長
女流王将
タイトルは他に、女王、女流王座、女流王位、倉敷藤花、女流名人などがある