開幕戦のアブダビ(UAE、2月10~11日)では、予選からエンジンの不調に悩まされ、その焦りもあったのか、決勝では最初の「ラウンドオブ14」ではオーバーGでまさかの失格! ちなみに、このアブダビのレースで念願のキャリア初勝利を飾ったのが、その後、室屋と激しいチャンピオン争いを繰り広げたマルティン・ソンカだ。
第2戦サンディエゴ(アメリカ、4月15~16日)では見事に立て直し、強さと余裕を感じさせる完璧なフライトで、昨年の千葉に続くキャリア2勝目をマーク! 第3戦の千葉(6月3~4日)では自らのミスもあったものの、ライバルのペナルティにも助けられて見事連勝を果たし、ポイント争いでもソンカと並んでトップに立った。
好調が続く室屋は、続く第4戦ブダペスト(ハンガリー、7月1~2日)でも3連勝こそ逃したものの、ここでも不要なリスクを冒さず、コンスタントに安定したフライトを心掛けることで3位表彰台を獲得。ポイントランキング単独トップで中間点を折り返す。
こうして、今季の最終目標である「年間総合優勝」に向けて、完全に「上昇気流」を掴んだかに見えた室屋。だが、一見、順調に見えた王座へのフライトは、ここから一気に「乱気流」へと巻き込まれてゆくことになる。
忍び寄る不調の兆し
「千葉で2年連続優勝したあと、いろいろな人たちからお祝いしていただき、本当に嬉しかったのですが、一方でスケジュールが過密になって、十分なトレーニングができなかった。その影響もあって、自分でも少し調子を落としていると感じていたんですね」と室屋。
そして、室屋自身が感じていた「嫌な予感」は第5戦のカザン(ロシア、7月22~23日)で現実のものとなる。予選から「集中力が崩れ、機体のスピードに体の感覚が付いていかない……」と訴えていた室屋は、「ラウンドオブ14」で二つのペナルティを科せられ、初戦敗退13位で痛恨の0ポイント。
「レースになっていなかった。あれはやってはいけないかなというレースでした」と室屋。しかも、この日、彼の集中力を奪っていたのは、疲れやトレーニング不足だけではなかったようだ。
「上空で旋回しながら、自分のフライト順を待っているころから、雨が強まったばかりか、レースエアポートへの帰り道が雲で完全にふさがってきたんです。これはヤバい、このままだと帰れなくなってしまうかも……と、正直、レースをする雰囲気ではありませんでした」と室屋はそのときの状況を打ち明ける。
「サンディエゴからここまでほぼ休みなしでやってきて、自分では意識しなくても心身両面で疲れがたまっているからなのかもしれません……」。一度はハッキリと見えていた「年間王者」が、カザンの空を覆う雲の中に少しずつ隠れ始めていた。
第6戦、今季最大の危機
室屋にとって今シーズン「最大のピンチ」が訪れたのは、第6戦ポルト(ポルトガル、9月2~3日)だ。予選2日前になって室屋の機体のフレームに小さなヒビが発見され、現場での修理は「ほぼ不可能」な状態であったことから、室屋は「飛ぶこと」さえできない状況に追い込まれたのだ。
「ポルトでのレースはもちろん、ここから陸送で工場に送って修理するとなると第7戦のラウジッツにも間に合わない可能性がある……。この時点でもう(タイトル争いは)絶望だなと思いました」
だが、そんな室屋を救ったのは、共にレッドブル・エアレースを戦うライバルたちのチームのエンジニアやメカニックたちだった。彼らが苦境に陥った室屋に救いの手を差し伸べ、現場での作業は不可能と思われた機体を2日がかりで修復! 予選開始のわずか1時間半前に修理が完了した機体で、再び、室屋を空へと送り返してくれたのだ。
事実上、公式練習なしのぶっつけ本番で臨んだ予選では3番手の好タイムをマークし、「ラウンドオブ14」も順調に勝ち上がった。だが、やはり事前の練習不足のせいか、続く「ラウンドオブ8」でライバルのソンカと当たった室屋は、スタートで痛恨のエントリー速度違反を犯してしまい、1秒加算のペナルティでソンカに敗退し6位。
そのソンカは開幕戦アブダビ以来の今季2勝目を挙げ、再びランキングトップに立つことになる。
機体トラブルを考えれば、修理した機体で飛べて、6位入賞を果たしただけでも、ラッキーというべきかもしれないが、この時点で首位ソンカと4位室屋の差は10ポイント。仮に残り2戦で室屋が連勝しても、この2戦でソンカが2位に入れば逆転は不可能だ。
だが、そんな苦境の中で、室屋は雲の切れ間にかすかに見える「わずかなチャンス」に向けて、タイトル獲得への強い想いを、自分の中にフォーカスさせようとしていた。
ワールドチャンピオンシップポイント
レッドブル・エアレースでは、8試合それぞれの順位に応じてポイントが与えられる。
1~10位は上から順に15、12、9、7、6、5、4、3、2、1ポイント、11~14位は0ポイント。
パイロン
レッドブル・エアレースで設置される、コースを形作る布製の巨大な円錐形(高さ25メートル)の標識。特殊な繊維を使用して空気で膨らませており、翼などが接触した場合も機体が損傷しないように作られている。
ラウンドオブ14
決勝日の第1回戦。予選タイムに基づく組み合わせで、14人のパイロットが7組に分かれて1対1でタイムを競う。
インコレクトレベル・フライング
レッドブル・エアレースのルールの一つで、エアゲート通過時に機体が水平から10度以上傾いてしまうこと。1回につき2秒が飛行タイムに加算される。
パイロンヒット
レッドブル・エアレースのルールの一つで、パイロンに機体が接触してしまうこと。1回につき3秒が飛行タイムに加算され、3回の接触でフライト無効(失格)となる。
ラウンドオブ8
決勝日の第2回戦で、準決勝。「ラウンドオブ14」の勝者7人と、敗者のうち最速タイムを出した1人の計8人が4組に分かれて1対1でタイムを競う。
敗者復活
「ラウンドオブ14」の敗者のうち、最高タイムを記録した1人が準決勝の「ラウンドオブ8」に進める。
オーバーG
レッドブル・エアレースのルールの一つで、飛行中の機体にかかる重力加速度が、安全のために設けられている規定の上限の10Gを超えてしまうこと。フライト無効(失格)となる。
エントリー速度違反
レッドブル・エアレースのルールの一つで、スタートゲートを通過する際、規定の速度を超過してしまうこと。1.99ノット超過までは1秒がタイムに加算され、2ノット以上超過するとフライト無効(失格)となる。