操縦技術世界一を目指した日々、そして次の空へ
「1991年に大学でグライダーに出会い、その4年後、日本で開催された曲技飛行(エアロバティックス)の世界大会『ブライトリング・ワールドカップ』に衝撃を受けて、『操縦技術世界一になりたい』と心に決めてからずいぶん長い時間が経ちましたが、今も僕の中では何も変わっていない。
世界のトップ14人が競い合うレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップは自分がその中にいるだけでもすごいことだし、彼らの中にはバリバリの空軍パイロットだったり、自分の家が飛行学校で、3歳のときから親と一緒に空を飛んでいたり……という人もいる。
そういう選りすぐられた選手たちが、世界を転戦しながら、極めて高いレベルで競い合うレッドブル・エアレースは、単に技術だけでなく、体力的にも精神的にも厳しくて、最初はハンディキャップも感じました」と室屋。
特に参戦2年目の2010年は気持ちが入り過ぎて空回りしてしまい、翌年から3年間はエアレース自体も開催が休止に……。さらに東日本大震災も重なり、国内でも飛べない状況が続いたときには「もう、飛行機を触るのをやめようかなぁ」と思ったこともあったという。
「でも、そんなとき、自分は何がしたいんだろう……と考えたら、僕にはやっぱり『操縦技術世界一になる』という夢しかないことに気づいたんです。
ただひたすら、その夢に向かって進み続けていたら、少しずつ運が巡ってきて、自分が練習の拠点を置いている福島の皆さんをはじめ、多くの人たちのサポートに支えられながら、こうして年間総合優勝ができたことを、本当に感謝しています。
ただ『操縦技術世界一になる』という夢は全く変わってなくて、それはおそらく、これからも変わらないでしょう。次の目標は『2年連続の年間総合優勝』ですが、今はそれと同時に日本のスカイスポーツの裾野を広げ、航空文化の発展と後進の育成を目的とした自分のプロジェクト『ヴィジョン2025』を進めていきたいと思っています。
2025年に大人になる『子供たち』が航空の世界に興味を持ち、彼らが大人になるときに、彼らにとって人生の選択肢となるような日本の航空文化を育てたいというのが、今の僕のもう一つの『夢』なんです……」。そう語る室屋の表情は、世界の頂点を極めた今も驚くほど以前と変わらない。
取材の後日、彼が王座を決めた最終戦インディアナポリス決勝で見せた、あの神がかり的なフライトの映像をもう一度見ながら、ふと、彼がインタビューの最後に語った「エアマンシップ」という言葉の意味を改めて思い出した。
「飛行機ってね、ちょっと使い方を間違えたら、例えば9・11のテロみたいなことだってできちゃうじゃないですか? ですから僕らは『エアマンシップ』っていうんですけど、飛行機乗りには、自分の精神的な階層を上げて、きちんと『自己制限』しなきゃいけないっていう考え方が徹底しているんです」
大きなプレッシャーの中、内に秘めた情熱や複雑な感情を見事にコントロールして、最高の形で集中力に変えてゆく……。あの奇跡のフライトこそは、そんな彼の「エアマンシップ」が実を結んだ「究極の形」だったのかもしれない……と。
ワールドチャンピオンシップポイント
レッドブル・エアレースでは、8試合それぞれの順位に応じてポイントが与えられる。
1~10位は上から順に15、12、9、7、6、5、4、3、2、1ポイント、11~14位は0ポイント。
パイロン
レッドブル・エアレースで設置される、コースを形作る布製の巨大な円錐形(高さ25メートル)の標識。特殊な繊維を使用して空気で膨らませており、翼などが接触した場合も機体が損傷しないように作られている。
ラウンドオブ14
決勝日の第1回戦。予選タイムに基づく組み合わせで、14人のパイロットが7組に分かれて1対1でタイムを競う。
インコレクトレベル・フライング
レッドブル・エアレースのルールの一つで、エアゲート通過時に機体が水平から10度以上傾いてしまうこと。1回につき2秒が飛行タイムに加算される。
パイロンヒット
レッドブル・エアレースのルールの一つで、パイロンに機体が接触してしまうこと。1回につき3秒が飛行タイムに加算され、3回の接触でフライト無効(失格)となる。
ラウンドオブ8
決勝日の第2回戦で、準決勝。「ラウンドオブ14」の勝者7人と、敗者のうち最速タイムを出した1人の計8人が4組に分かれて1対1でタイムを競う。
敗者復活
「ラウンドオブ14」の敗者のうち、最高タイムを記録した1人が準決勝の「ラウンドオブ8」に進める。
オーバーG
レッドブル・エアレースのルールの一つで、飛行中の機体にかかる重力加速度が、安全のために設けられている規定の上限の10Gを超えてしまうこと。フライト無効(失格)となる。
エントリー速度違反
レッドブル・エアレースのルールの一つで、スタートゲートを通過する際、規定の速度を超過してしまうこと。1.99ノット超過までは1秒がタイムに加算され、2ノット以上超過するとフライト無効(失格)となる。