東京建物「ブリリア外苑出羽坂」は、「東京都心に住む。それは選ぶ地に自身の姿が投影されるということ」 と謳った。マンションポエム自身がマンションポエムとは何であるかを語っている例である。
それにしても、立地や間取りなどの各種パラメーターを、自分の価値観や収入とのバランスに応じて落としどころを探るという行為は、現代の結婚相手選びにも通じるように感じられてならない。一生に一度の選択を自己責任で行うという点も共通している。ちなみに最近の都心部の結婚式場のキャッチコピーはマンションポエムに極めて似てきている。
「大屋敷が置かれた江戸の武家地・表参道」「表参道・青山は、かつて諸藩の大名屋敷や御家人の屋敷が置かれた江戸の武家地でした」(ザ ストリングス 表参道)
「時代とともに変化してきた街にも、先人から受け継がれてきた文化がしっかりと息づいています」「銀座駅1分! 街を見渡す特別な上質空間」(ザ・グラン 銀座)
これだけを読んで、式場のコピーだとわかる人はどれくらいいるだろう。
ファンタジー化するマンションポエム
最後に、今後マンションポエムがどのようなものになるかの予想を二つ述べて終わりにしよう。一つは「地名のポエム化」である。千葉県は習志野市の津田沼駅前に、数年前まで畑が広がっている一画があった。ここが複数のデベロッパーによって開発され、複数のマンションが建った。千葉県出身でこの場所の昔の光景を覚えている自分などからすると、ほんとうにびっくりの変貌ぶりだ。
この物件の一つのマンションポエムは、「奏であう洗練の邸」(三井不動産レジデンシャル「パークホームズ津田沼奏の杜」)というものであった。
驚いたことにこの再開発および各マンションの名前に冠された「奏の杜(かなでのもり)」というポエムが、なんとそのまま正式に地名になってしまったのだ。もともとの名前は「谷津(やつ)」であった。その名の通り丘陵が浸食されてできた谷戸(やと)(谷津)地形であり、「杜」などではない。東日本大震災以降、低地が忌避される風潮にあって谷戸地形を表す地名がポエムによって隠されたのである。今後このようにマンションポエムによって地名までポエム化するという事例が増えるのではないかと予想する。
もう一つは「マンションポエムのファンタジー化」だ。後から振り返れば、2017年はマンションポエムの歴史において記念すべき年となるだろう。いわば究極のマンションポエムとでもいうべき作品が登場したのだ。
「遥か遥か昔…。巨大なくじらがトネリコの大木を背負い、都会の港にやってきました」「『くじらアイランド』と呼ばれる、大勢の人々が暮らす街となりました」(三井不動産レジデンシャル「パークタワー晴海」)
どんなに突拍子もなく見えるものでも、これまでのマンションポエムは立地の歴史的事実を元にしていた。ところがこのポエムは完全なファンタジーなのである。マンションポエムが歴史や由緒を援用するのは、それによってその土地の素晴らしさを裏付けできる(と考えている)からだ。しかし、説得力と夢さえもたらすことができるのであれば、もはや歴史的事実に頼る必要はない、というステージに至ったのである。まさにマンションポエムのネクストステージである。というより、正真正銘のポエムになった、というべきか。メインのキャッチコピーはずばり、「イマジネーションランドの世界へようこそ」「世界は自由に想像できる」である。
晴海という東京湾の埋め立て地ゆえ、土地に由緒がないという理由もあるだろう。であれば歴史の体裁をとらなければいい。しかし資源としての街を謳うには、フィクションであっても由緒を語らねばならないのである。これから造成される予定の住民共用の家庭菜園も、「ある時、野菜を食べない子どもたちのために異国から訪れた農夫が菜園をつくりました」「その後、街の住人みんなで引き継ぎ街の菜園としたのがハーベストテラスです」「いつしか収穫祭として恒例の催しとなったといいます」と、伝説の体裁をとって綴られる。まだ存在もしていないのに。
この物件のランドスケープデザインには、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドが関わっている。つまりファンタジーのプロの仕事だったのだ。納得である。「都心の暮らしに魔法をかける」というポエムもあった。
こうなると、次のファンタジーマンションポエムも想像できそうだ。スタジオジブリ監修の物件だ。映画の中の「トトロの森」を外構部のデザインに謳うマンションが、遠からず企画されるのではないか。宮崎駿氏はそういうビジネスを嫌いそうだが、氏の(最後の)引退のあかつきには、すぐにでも実現するような気がする。