感染しやすい状態にある人をコンプロマイズド・ホスト(compromised host:易感染宿主)と呼びますが、高齢者や糖尿病などの慢性疾患患者の増加により、コンプロマイズド・ホスト自体も増えています。
咬まれたり舐められたりして感染する「パスツレラ症」
ペット由来感染症の中で、特に覚えておいていただきたいものをいくつか紹介します。
まず一つめはパスツレラ症です。前述の通り、犬や猫で保有率の高いパスツレラ菌によって感染します。犬や猫に咬まれたりひっかかれたりすることで感染する外傷性のものでは、受傷後、約30分~数時間後に激痛と発熱を伴う患部の腫れが見られ、精液のような臭いのする浸出液が出てくるのが特徴です。高齢者や糖尿病患者など免疫力が低下していると重症化しやすく、敗血症を起こして死に至るケースもあります。
また、舐められて口や鼻などの粘膜から感染すると、気管支炎や肺炎などの呼吸器症状を引き起こすこともあります。私が出合った症例では、気管支拡張症の基礎疾患のある60代男性に血痰が見られたため、癌を疑って精密検査を行ったところパスツレラ菌が検出され、感染源がペットの猫であることが判明したケースがありました。他にも、犬に顔を舐めさせていたことで副鼻腔炎にかかった例、毎朝猫に顔を舐められて起床していたことで外耳炎になった例、原因不明の咽喉頭異常感症で転院を繰り返すドクターショッピングをしていた男性からパスツレラ菌が見つかったり、(本人は気づいていませんでしたが)寝ている間に猫に舐められていた例などがあります。
日本大学医学部臨床検査医学の研究チームが全国の約230の臨床研究病院を対象に行った調査では、パスツレラ症は1987年の年間35例から2011年は700例と約20倍以上に増加。死亡例も1992年は2例だったものが、12年には57例報告されました。死亡例は40歳以上の男性に多く、ほぼ全例で基礎疾患が認められました。報告数が増えた背景には、パスツレラ症の検査が行われる件数が増えて発見率が上がったこともあり、単純に数字の比較はできませんが、増えていることは確かで、潜在患者数はさらに多いと推測されます。
その他、犬猫の口腔内の常在菌からの感染では、カプノサイトファーガ・カニモルサス感染症があります。おもな症状は、発熱や倦怠感、頭痛、腹痛などで、まれに重症化して、敗血症や髄膜炎を起こし、播種性血管内凝固症候群(DIC)や敗血性ショック、多臓器不全に進行して命に関わることもあります。複数の死亡例も報告されているので、注意が必要な感染症です。
ひっかかれて感染する「猫ひっかき病」
猫ひっかき病は、その名の通り、おもに猫にひっかかれたり咬まれたりすることで感染します。冗談のような名前ですが、英語でも「Cat Scratch Disease: CSD」と表記される正式な病名で、犬から感染しても猫ひっかき病と言います。病原体は猫の体にいるバルトネラ菌(Bartonella henselae)で、ノミが媒介するため、猫との接触がなくてもノミに刺されて感染することもあります。
傷が軽ければ治りの遅い発赤程度ですみますが、受傷後、数日から2週間くらいで傷口に丘疹や膿疱が見られ、ずきずきとした痛みとともにリンパ節が腫脹するのが特徴です。発熱、倦怠感などの全身症状が見られることもあります。リンパ節の腫脹は数週間から1年に及ぶこともあり、傷口は治癒しても菌が体内に残れば、10~17カ月後にリンパ節の腫脹が再発することもあります。よくじゃれつく子猫からの感染が多く、発症は18歳以下の若年層に多いことが知られています。
たかが犬や猫の咬み傷やひっかき傷と軽視せず、腫れや痛みがある場合は、病院で治療と検査を受けることをお勧めします。
原因不明の不定愁訴は「Q熱」を疑え!
Q熱は、特に医師に見過ごされがちな病気です。世界各地で発生していますが、長い間、原因不明とされていて、「Query fever(不明な熱)」と呼ばれていたのが病名の由来です。現在では、コクシエラ菌(Coxiella burnetii)が病原体であることが判明しています。犬や猫が感染してもほぼ無症状で、犬で約10%、飼い猫で15%、野良猫で45%がすでにこの菌を保有していると言われています。
Q熱はコクシエラ菌を吸い込むことで感染します。症状は急性型と慢性型があり、急性型では10~30日の潜伏期間の後に、発熱や頭痛などインフルエンザのような症状が現れ、時に肺炎や肝炎などを伴うこともあります。慢性型では急性期の症状の後に長引く微熱、全身の倦怠感、関節痛、筋肉痛などの不定愁訴が見られます。
症状だけでは診断が難しいため、患者の多くはドクターショッピングを繰り返しています。11歳男児の症例では、微熱やだるさで学校を休みがちになり、いくつかの病院を受診しても原因が見つからなかったので、怠けてずる休みをしているのではないかと疑われていました。けれども、ある病院でQ熱の抗体が検出され、症状が出る直前に子猫を飼い始めたことが判明。子猫と他の家族の検査を行ったところ、全員、抗体が陽性で、男児以外は症状を伴わない不顕性感染でした。治療を行ったことで男児の体調も回復しました。
また、40代男性は長引く倦怠感で10以上の病院を受診。自律神経失調や更年期障害と診断されたものの症状はまったく改善せず、心療内科でうつ病と診断されて薬を飲むと、かえって症状が悪化しました。そんなとき、私があるテレビ番組でパスツレラ症の話をしていたのを見たご本人から、どうしても調べてほしいと連絡が来ました。私も半信半疑でいろいろ検査をしてみるとQ熱であることがわかり、適切な治療が行われたことでずっと苦しんでいた症状から解放されました。
Q熱を確定するには特殊な検査が必要になりますが、診断が下れば抗生物質で治療可能です。私たちの研究チームが診断不明の不定愁訴を抱える52人の患者の血液からコクシエラ遺伝子の検出を行ったところ、17人から検出され、そのうち16人がペットを飼っていました(犬6人、猫7人、その他3人)。現在、日本には不定愁訴を訴える慢性疲労症候群予備軍は300万人いるとも言われており、今後、診断の際にはQ熱の可能性もぜひ視野に入れるべきです。
インフルエンザと間違われやすい「オウム病」
鳥から感染するオウム病は、オウム病クラミジア(Chlamydia psittaci)という細菌によって起こる病気です。名前の通り、インコやオウムなどで保菌率が高く、ドバトなどの野鳥が感染源になることもあるため、鳥を飼っていなくても感染することがあります。2002年1月には松江市にある花と鳥をテーマとしたレジャー施設で、従業員や来園者が集団感染した事例が報告されています。
感染した鳥の糞や鼻汁に含まれる菌を吸い込むことで人に感染します。通常、感染から4~15日で38℃以上の発熱、咳、痰などの症状が見られ、40代以上では呼吸不全を示して劇症型になることもあります。症状がインフルエンザに似ているので間違われやすく、全国で年間約300~3000人の発症が推定されています。数年に1例程度の死亡が報告され、17年には妊婦の死亡が2例報告されました。
鳥が感染しても無症状な場合もありますが、元気や食欲がなくなる、羽毛が逆立つ、やせる、鼻水、下痢などの症状が現れて死ぬこともあります。ペットの鳥が死んだ後、人にインフルエンザのような症状が出たときには、その旨を必ず医師に伝えてください。
「知るワクチン」で予防。感染を防ぐ15カ条
ここまで私はあえて感染症のリスクについて述べてきたので、不安に感じた方もいるかもしれません。けれども、リスクがあることを知ったうえで衛生管理を適切に行ってペットと正しくつき合えば、これらの感染症の多くは予防できるので、やみくもに恐れる必要はありません。ペット由来感染症の中で、現在、ワクチンで予防できるのは狂犬病とレプトスピラ症しかありませんが、何をすると感染し、何をしなければ安全なのかを理解してそれを実践することが一番の予防策=ワクチンとなります。私はこれを「知るワクチン」と呼んでいます。
ペットからの感染を防ぐには感染経路を断つことが重要です。予防のための15カ条を紹介しますので、ぜひ実践してください。