「空前のペットブーム」と言われて久しい現代の日本。ペットと暮らすことはもはや「ブーム」という一過性の現象ではなく、一つの「ライフスタイル」として定着しています。飼い主にとってペットは癒やしを与えてくれるかけがえのない存在ですが、一方で近年、ペットからうつる感染症も増加傾向にあると言われています。2017年10月にはマダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)で飼い犬から人へ感染した例が初めて確認され、18年1月には犬や猫から感染するコリネバクテリウム・ウルセランス感染症による国内で初めての死亡例が報告されました。さらに3月には、キタキツネを感染源とし、北海道の地方病と言われていたエキノコックス症の犬での感染が遠く離れた愛知県で確認され、犬から人への全国的な感染拡大も懸念されています。
身近な存在であるがゆえに、ペットが感染源となる病気が報告されると不安が募りますが、ペットに由来する感染症は正しい知識を持ってペットとつき合えば、ほとんどのものが予防できます。基礎知識と予防法について、日本大学医学部で人獣共通感染症の研究に取り組む、獣医師の荒島康友氏が解説します。
医療現場では診断されにくいペットからの感染
ここ数年、さまざまな感染症が話題に上っています。その多数を占めるのが人と動物の間で種の境界を越えて感染する人獣共通感染症(ズーノーシス:zoonosis)です。エボラ出血熱や腸管出血性大腸菌感染症(O-157)、鳥インフルエンザ、生物兵器として世界を脅かしている炭疽(たんそ)などもこれに該当します。WHO(世界保健機関)は「人と脊椎動物との間に自然に移行する疾病及び感染症」と定義し、現在までに世界で約160種類の人獣共通感染症を認定していますが、未確認のものも含めるとその数は200とも400とも言われています。
そのうち、身近なペットから感染する「ペット由来感染症」は、25種類程度と考えられています。人への感染力や重症度はさほど高くはないものの、死亡例もあるので侮れない存在です。とは言え、人の医療の現場ではまだまだマイナーです。ある研究者が「医者が疑わない限り、ペット由来感染症は診断できない」と言いましたが、まさにその通り。現在報告されている以上に患者数は多いと思います。病原体が特定できれば速やかに治療できるのに、ペットとの関連性に思い至らないために症状が長引いたり、悪化したりしたケースに、私は何例も出会いました。現段階では、ペット由来感染症の恐ろしさは症状以前に、医療現場での関心の低さであり、正しい情報が伝わらずに飼い主の理解が進んでいないことだと私は考えています。
病原体の種類とおもな感染経路
ペット由来感染症の病原体には、ウイルス、細菌(リケッチアとコクシエラも含む)、真菌、原虫、ぜん虫(線虫、条虫などの内部寄生虫)、節足動物(ノミ、ダニ、蚊など)などがあります。人を含む生きものには、健康体であっても何らかの細菌が存在し、これを常在菌と言いますが、ペット由来感染症が少し厄介なのは、ペットの常在菌の中に人に感染するものがあることです。たとえば、後述するパスツレラ症の原因となるパスツレラ菌(Pasteurella multocida)は、健康な犬の口腔内に75%、猫の口腔内にほぼ100%、猫の爪に25%程度存在していますし、食中毒の原因菌として知られるサルモネラ菌(Salmonella spp.)は、ミドリガメやイグアナなどの爬虫類や犬の腸内の常在菌です。これらの菌は保有している動物では無症状ですが、人に感染すると発症することがあります。
おもな感染経路は、感染源である動物から人へ直接うつる「直接伝播」と、ノミやダニなどの生物、土や水などの環境などが介在する「間接伝播」に分けられます。また、病原体が体内に入る経路には経口感染、経気道感染(飛沫感染・空気感染)、接触感染や経皮感染などがあります。
今回、2018年1月に国内初の死亡例として厚生労働省が報告したコリネバクテリウム・ウルセランス感染症は、コリネバクテリウム・ウルセランス菌(Corynebacterium ulcerans)に感染した猫や犬の鼻汁などから人へと感染します。症状としてはジフテリアに似ています。死亡した福岡県の60代の女性では、野良猫との接触が確認されています。けれども、死亡はとてもレアケースと考えられるので(死亡したのは16年5月)、ニュースなどでは大きく報じられたものの、私自身は静観しています。
感染増加の要因は人とペットの関わり方の変化
ペット由来感染症は、「動物」「環境」「人」の三つの因子が複雑に絡み合って発症します。近年の増加にはこれらの因子の変化が大きく関与しています。
まず、「動物」ではペットとなる動物種の多様化が挙げられます。犬、猫、ウサギ、小鳥などの従来の動物以外に、イグアナやフェレットなど「エキゾチックアニマル」と呼ばれる外国産の動物も多数飼育されるようになりましたが、野生動物に近いものはどんな病原体を持っているかよくわかっていないため、感染症のリスクが高まります。2000年代初めに北アメリカ原産のプレーリードッグが日本でも人気を集めましたが、アメリカで輸出用のプレーリードッグがペストや野兎病に感染して大量死したことを受け、日本では感染症法により03年より輸入が禁止されています。
「環境」面では、住居のマンション化の増加や室内飼育の推奨に伴って、庭にいた犬や猫が室内で一緒に暮らすようになり、一緒に過ごす時間が増えたことで、物理的な距離が縮まりました。気密性が高くて狭い部屋は、感染しやすい環境でもあります。
そして、「人」を取り巻く要因としては、核家族化や少子高齢化という社会現象も相まって、犬猫の飼育頭数は2003年以降15歳未満の子どもの人口を上回り、ペットの家族化が進んでいます。親密度が増して、一緒に寝る、キスをするなどの濃厚なスキンシップをしがちですが、これが感染のリスクを高めます。また、ペット由来感染症には、健康なときは無症状で、免疫力が低下したときに症状が現れる日和見感染をするものがたくさんあります。