主審が映像を確認するかどうかは、起きた事象の事実の確認か解釈の確認かで変わってきます。なにか事象が起きたとき、たとえばオフサイドや得点といった場面で、攻撃側の選手がオフサイドラインを超えているかどうか、あるいはボールがゴールラインを超えているかどうかという事実の確認だけが求められるものは、主審は映像を確認することなくVARの助言をそのまま採用します。これを「VARオンリーレビュー」といいます。
起きた事象を主審が確認したものの、それが本当にPKや退場に値するかどうかといった主審の解釈が求められるものや、主審が確認できなかった重大な事象が起きた場合は、VARは主審に映像の確認を推奨します。これを「オンフィールドレビュー」といいます。この場合は、主審がレフェリーレビューエリアに行って、モニターでリプレイ映像をチェックして最終判断をします。
――オンフィールドレビューのときに、ある程度の時間がかかりますね。あのときVARと議論を交わしているのですか?
VARと議論はしません。ここが面白いというか、いま言ったように現場の主審とレフェリーたちとは、つねに話し合いはしているんです。たとえば、主審が「俺はハンドだと思うけど、お前はどう思う?」とか副審に意見を聞くことができるんです。もちろん、最終判断は主審ですよ。ところが、VARとその現場にいるレフェリーたちとは議論してはいけない取り決めになっているんです。
オンフィールドレビューのときは映像に対する指示だけで、意見を求めることはできないんです。
――主審がモニターで見ているものは、スタジアムのビジョンで流されるものと同じですか?
ええ、同じものですね。モニターに流れるのはJリーグだけですけどね。海外では流していません。特にスタジアムのお客さんと画像を共有してはいけないという規則がないので、Jリーグがサービスでやっているものです。他のリーグでやらないのは、トラブルになる可能性があるからですね。
これは、一概には良しあしを判断できないことですが、映像を共有することのリスクは大きいと思います。スタジアムのお客さんみんなが見て、たとえばアウェイ側の選手がハンドの疑いがあったとすると、「ほら! ハンドだろ!」ってホームのサポーターは盛り上がるに決まってます。そうすると、レフェリーはハンドの判定を覆すことはかなり難しくなりますよね。レフェリーに相当なプレッシャーがかかってくる。ハンドでも、手に故意に当てているのかどうかなど、競技規則の解釈によってジャッジは変わってくるんです。レフェリーが競技規則をどれだけ深く理解しているかで判断は変わります。映像がスタジアムで流されることで、その判断を歪める可能性はあると思うんです。
ただ、僕自身はモニターに画像を流して共有することに賛成です。いまの世の中の流れで言えば情報はオープンなほうがいいと思っているからです。確かにレフェリーへのプレッシャーはかかるけど、そのプレッシャーをはねのける強い心を持ってピッチに立つのがレフェリーの役目だと思います。
■テクノロジーが補えないところがある?
――家本さんは、実際にVARが採用されたJリーグの試合で笛を吹かれました。VARが導入されたことについてどう思いましたか?
いま、世界的に多くの人がスポーツのジャッジだけでなく物事に厳密性や正しさを求めています。加えて、テクノロジー全盛の世の中なので致し方ないかなと。どんな世界もそうですが、テクノロジーが導入されることは避けられないだろうと思っていました。
ただ、フットボールの魅力というのは、曖昧さに加えてスピード感や変化の連続性にあると僕は思っているんです。絶え間なく、何かが起こり続けること。何が起こるかわからないから、席を立ってトイレにも行けない緊張感が魅力だと思うんです。
だけどVARはどうでしょう? 何分間も待たされるでしょう。得点のときなんて、選手もサポーターも一番、感情が爆発する瞬間ですよね。いまは得点のたびごとにVARのチェックが入っている。ボールがゴールに入って喜びを爆発させるあの瞬間こそ、多くの人がフットボールに求めているものだと思うんですよ。でも、いまは「これVAR入っているから、もしかしてノーゴールかも?」って選手もサポーターも、感情にブレーキをかけられている状態です。それって本当に悲しいことですよね。
VARを全否定するつもりはないですが、VARの前に導入された「追加副審」のほうが待ち時間はほとんど出ないので、そっちのほうがよかったのかなと個人的には思います。
追加副審というのは、双方のゴールラインのところに副審が立って、特にペナルティーエリア内での事象をよく見るという役割を担っていました。ピッチにいる副審を4人に増やしたんですね。VARと比較して、どちらがフットボールの良さを殺さないのかというと追加副審かなと思うんです。追加副審は人なので、少し主審と協議はするけど、VARのように5分以上も待ち時間がかかることはありません。
――VARで細かく解析されても、最終判断はレフェリーです。ここに難しさもあるのではないでしょうか?
そうなんです。実は、フットボールの競技規則は、抽象度が高くて曖昧なことが多いので人によって解釈が変わってくるんです。たとえばAという選手の顔にBという選手の肘が当たったという場合、これは事実ですし、その事実はVARの映像で捉えることができる。でも、Bの肘は故意にAの顔に当てたのか、たまたま当たってしまったのか、そこはレフェリーの解釈によってジャッジが変わるんです。これは、VARを採用しようが変わらないんですね。
僕はフットボールを〝ミスのスポーツ〟だと思っているんです。ジャッジでも、曖昧なミスが起こり得る事象はたくさんある。選手のプレーはもちろん、監督の采配のミスもある。あらゆるミスがピッチ上に散在しているんです。そのミスをいかに最小化するか、もしくは利用するかが、試合の勝敗を左右すると思うんです。1か0の世界ではないんです。1から10のあいだでプレーするスポーツなんです。もっと言えば、それを楽しむスポーツなんです。テクノロジーが補えない部分が、フットボールには必ずあるんですよ。