迫真の決済シーンができるまで
――原作、ドラマともにその決済のシーンが見せ場となっていますね。
新庄 決済の場面は書いていて一番、苦労したかもしれません。いわゆる密室の会議室で行われるテーブルトークの場面になるので映像もそうですが、文章でも動きがなくて地味になりがち。あと、実際に何が行われているのか、どういうテンションなのかが全然わからない。どう書けばいいのかすごく迷いました。私は物事のディテールがわからないと書けない。読者としても、その場面にリアリティーがないと冷めてしまう。だから、なかなか書けなかった。そもそも地面師というテーマ自体、殺人とか盗みとかぱっとわかりやすい犯罪ではないのでフィクションとして盛り上がる場面を作りにくい。さらに、詐欺ですから、法律も絡むので、読者に説明する必要があってとても難しい。
――そこは、不動産や法律の専門家の方に取材されて書かれたんでしょうか?
新庄 「膨大な取材に基づく」と謳っているときもあったんですが、実はそんなことはない(笑)。連載を始める前、不動産屋さん向けの「地面師対策セミナー」があって、それに参加しました。そのセミナーは、弁護士の方、小説の監修をしていただいた司法書士の長田修和さん、参考文献にもあげた『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』(講談社文庫)の著者のノンフィクション作家の森功さんが講師で招かれていました。お三方が1時間半ほど「地面師」についてレクチャーをされるセミナーでした。
そのセミナーの最後に地面師についての冊子が配られて、それがとても参考になりましたね。地面師のこれまでの歴史から、事件のケーススタディーも記されていて、どういうメンバーで来るか、不動産屋さんはここに気をつけろとかが書かれてある。決済のことなんかも、細かく書かれてあったんです。とても助かりました。
というのも、新聞記事なんかも一般の読者向けにわかりやすく省略して説明されている。でもその冊子では、細かいところが専門家の目を通して説明されている。小説を書いていて困ったときに一番参考になる教科書でした。
――その冊子には、たとえば地面師は書類に指紋がつかないように指にマニキュアを塗っているとか、そんなことも書かれていましたか?
新庄 それは、週刊誌の記事で刑事さんの談話が書かれたものにあった気がします。地面師が触った書類には指紋が一切ついてないんだと。だから、書類に指紋がついていない場合は地面師事件の可能性を疑えと。それを読んで私の小説では、指に特殊フィルムをつけることにしました。アメリカの専門業者から取り寄せた超極薄の人工フィルムなんだと。まったくの創作です。でも、実際にありそうじゃないですか(笑)。
まるで自らが地面師のように……
――元々あった言葉ではありますが、世間に地面師という言葉が流布し始めたのが、2017年に積水ハウスが50億円を超えるお金を騙し取られた「五反田海喜館(うみきかん)事件」でしたね。『地面師たち』もこの事件がモチーフになっていると思いますが、この事件自体がウソのような、小説のようにスリリングですよね。
新庄 そうなんです。なので担当編集者からも「テーマがキャッチーなので、早く地面師というタイトルで小説を発表しちゃいましょう」と言われました。とにかく、途中で止まってもいいから連載第1回は急げと。それが功を奏したのか、フィクションでは私のあと、地面師をモチーフにした作品はなかったようですね。でも、フィクションのような事件なので、逆に小説にするのが難しいといえば難しい。実際の事件より大きく盛り上げないといけないですしね。
だから、小説では金額も倍の100億にして私も地面師のように実際に土地を探したわけですよ(笑)。でも、100億の土地はなかなかないんですね。住宅地図やグーグルマップを駆使して探したら、ちょうど東京オリンピックに合わせて「高輪ゲートウェイ駅」が開業をひかえていた。この周辺にいい土地がありそうだぞと、現地に行ってみたんです。そうすると、お寺がたくさんあって空き地もあった。ここだなと思いましたね。
――そこから地面師たちのターゲットになるのがお寺で、そこに尼さんが一人で住んでいるという設定になったんですね。
新庄 われながらよく思いついたなと思っています(笑)。地面師の中には、なりすましをキャスティングする〝手配師〟とも呼ばれる存在がいますが、小説では麗子という女性がその役割を担っています。それが実際の事件でも女性で、当日そのなりすまし役がドタキャンして、そのキャスティングした女性が自らなりすまし役をやる羽目になるということがあった。だから、小説では地面師のターゲットになるのを尼さんにして、地面師の一人が頭を丸めないといけないということにすると面白いかもと。ドラマでは小池栄子さんが演じて、結果的に映像的にもとても面白くなりましたからね。お寺のシーンがあることで、全世界に配信されるNetflixとしてもいい画になった。映像のほうで言えば、これは原作にないけどホストや新宿の「トー横キッズ」を彷彿とさせる少女たちも出てきますよね。あそこも〝ザ・ジャパン〟な風景に見えるようで海外の人には興味深いそうです。