「エンターテインメントとは何か?」を学んだ
――文章と映像では面白さのポイントが違いましたか?
新庄 全然、違いますよね。今回のドラマ化を通して、文章と映像の違いみたいなことを考えさせられましたし「エンターテインメントとは何か?」ということをすごく勉強させてもらった気がします。多くの人が楽しいと思う作品の作り方ですね。
ドラマでは、決済が行われる会議室のシーンで、地面師たちが「なりすまし役」の男性の耳にこっそり特殊なイヤホンをつけて、忘れたセリフを吹き込む。彼が困ったら早く終わらせるために下半身にペットボトルのお茶をかけて失禁したように見せる。脚本を読んだときは、正直、どうかなとも思ったんです。でも、映像化だとそこまでわかりやすく、かつ面白くお客さんに〝見せない〟といけないんだなと。映像と文章は楽しませ方がまったく違う。『地面師たち』はAudibleでも配信されているけど、それも音声だけで表現する面白さがまた違う。
原作者として脚本にいくらでも口出しすることはできたんですけど、今回は一切をお任せしたんです。結果的にそれがよかったなと思います。
あの尼さんだって私はホストとの乱交シーンなんて書いてないですからね(笑)。でも、なんかカツラが取れるまで男たちとベッドで乱れる姿は、映像ではめちゃくちゃ面白くなる。私はあの川井という尼さんをもっとおとなしい、控えめなキャラとして書いたんですよ。
――たしかに(笑)。新庄さんはそういうダーティーなシーンが好きではないんですね?
新庄 私は小説でも真正面から犯罪を描くものとかあまり好きじゃないですね。さっきも言ったように、ハリソンより拓海が書きたかったわけもそうです。
最近は、地面師だけじゃなくて犯罪絡みの新聞取材とか増えたんです。でも、専門家でもないし、よく知らないんですよ。それでも「小説家の視点で解説してください」とお願いされるので、「うーん、この犯人がハリソンの役割を担っているんでしょうか」とか答えるしかない(笑)。
今回、テーマが地面師で、彼らを追う刑事についても書く必要があった。でも、警察ものとかもあまり読んでなかったんです。だから、捜査の過程なんかも書けないわけですよ。やっぱり、ディテールとリアリティーに執着してしまうので。調べないと書けない。どうしようか、じゃあ、定年間際の刑事にして辞めちゃえば民間人だから書けるかもしれないと。それで、苦肉の策として辰さんというキャラクターになったんです。
――続編にあたる『地面師たち ファイナル・ベッツ』(集英社)では女性刑事のサクラが主人公の一人として出てきますね。
新庄 『地面師たち』の映像化が決まって、なんとなく終わっていないようなラストなので版元の集英社からの提案もあり「続編やりましょう」ということになった。1作目はメインに男性キャラが多かったので、今度は女性のキャラをメインにしたほうがいいんじゃないかと担当編集者と相談して新米刑事のサクラという女性をメインの一人にすることにしました。でも、書いてみると、この女性刑事のキャラが立ってないということで7回ほどボツになった。もう、どうしようかと……。担当編集者も進退きわまったのか、この女性刑事は特殊能力を持っている設定にしましょうと言ってきた。サクラはウソを見破れる能力を持つと。いま考えるとめちゃくちゃ(笑)。そんなの、地面師も一網打尽じゃないですか。でも、私は10枚程その設定で書いたんですよ。もちろん、ボツです。書かせるなよと思いましたよ(笑)。でも、それぐらい迷走したし、とにかく続編はうまくいかないことばかりでしたね。
これは連載小説だったんだけど、締め切りの3日前なのに1行も書けないときもあって地獄でした。サクラがハリソンたちを追うのを主軸として、シンガポールのカジノ、北海道の熊を登場させるなどで、どうにかこうにか山場を持ってきて、仕上げた感じです。単行本化に際して相当、削りましたし、手直しもしました。
――『地面師たち』に登場する人物の前日譚を描いた『地面師たち アノニマス』(集英社文庫)も出版されました。こちらはドラマを基に書かれたのでしょうか?
新庄 ドラマの俳優さんたちの当て書きをしてほしいという注文があったわけではないです。ただ、ドラマの俳優さんのイメージを借りて書いているところもあります。でも、そうやって書いていたら、そもそも自分で書いた小説の設定がわからなくなってきた。途中から、もういいやって(笑)。
ドラマのファンブックのような感じですが、読者の方に好意的に受けとめてもらえたのが新鮮でしたね。私は純文学の新人賞出身だけど、いままでこういう感じで読者に受けとめてもらえることはなかった気がします。純文学の読者はもっと厳しい(笑)。