
シパキラの街。中央に大聖堂と広場 撮影:篠田有史
コロンビアの首都ボゴタから北に向かって車を1時間走らせたところに、標高2650mの中規模都市シパキラはある。高速道路のわきに草原が広がり、牛が草を食んでいる。やがて塩を抱えた男性の像が見えてくる。ここからが塩の街シパキラだ。街の中央にコムネロス広場があり、スペイン植民地時代に建てられた大聖堂、庁舎、教会、そして2階建ての古い商業施設が周りを囲んでいる。別の時代に入り込んでしまった気がするのは、歴史や街並みを大事にしているからだろう。大聖堂からは聖歌が聞こえる。道路に街路樹は見られない。広場で昼の日差しを遮るものといえば、まばらに立っているシンボルツリーの椰子の木だけだ。訪れたのは9月だが、シパキラはかなり寒いと言われていたので、暑いくらいの陽気に拍子抜けした。でも日が暮れると冷え込むのかもしれない。かつてガブリエル・ガルシア=マルケスは、奨学金を得て入学した当地のシパキラ国立男子高校時代、冬の凍てつく寒さに必死に耐えていたという。だが冬はまだ遠い。
僕たちはここで案内役と待ち合わせていた。広場の対角線の方向から、大きな声の男性と制服を着た女子学生が近づいてくる。男性はサングラスをかけているので、僕たちに向かって話しかけているのか、隣の学生に話しかけているのか区別がつかない。彼の名前はクリスティアン・カミロ・サンチェス・ロドリゲス。シパキラの高校教師で、ガルシア=マルケスの研究家だという。
初めましてと挨拶をしたとき、クリスティアンと一緒にいた制服姿のマリアナが、「どうぞ」と言って栞をくれた。「一冊の本に、新しい自分と出会う扉がある」と書いてある。クリスティアンは、地球のほぼ裏側から、ガルシア=マルケスの聖地を巡る旅の目的地の一つとしてはるばるシパキラを訪れた僕たちを大いに歓迎してくれた。使命感に溢れ、いかにも熱血教師らしいオーラを放つ彼の声があたり一帯に響き渡る。

クリスティアン・カミロ・サンチェス・ロドリゲスと学生 撮影:篠田有史
シパキラの日差しは恐ろしく強い。この大声の持ち主がまとった熱とじりじり照りつける高地特有の日差しにいささか面くらいながら、彼らの案内で広場の北東の隅にある市庁舎に向かう。
歴史と伝統を感じさせる市庁舎に入ると、身なりの整った品の良い知的な女性職員が次々と現れ、笑顔で歓迎の挨拶をしてくれる。僕たちを迎える場所を2階に準備していたようだが、僕が足を気にして階段を登るのに躊躇していると、1階の広場に面した会議室に通された。艶のある木でできた腰壁の上部は白壁で、歴代の市長たちだろうか、全員男性だがいくつものポートレイトが飾ってある。歓迎式の急拵えをするために、施設管理の職員が部屋の高い場所にある木製の内窓を、棒を使って次々に閉めていく。パタン、パタンというその音は、フランチェスコ・ロージ監督の映画版「予告された殺人の記録」(1987)で、町の女たちが踊りの練習をしているホールの窓を、主役のアンヘラが、外から覗かれないように閉めるシーンを思い出させる。

市庁舎の会議室で 撮影:篠田有史
席に着くと、市長秘書から改めて歓迎の挨拶とシパキラの紹介があった。続いて広報担当官の挨拶と台座が塩でできたキャンドルなどの記念品の贈呈が行われた。大都市ではないのでこうも大げさになるのか、あるいは僕たちが大物と思われているのか、なんだかくすぐったかった。テキパキとした進行ぶりに気後れして気づかなかったのだが、挨拶をする彼女たちはピンマイクをつけているうえに、撮影スタッフまで待機している。この歓迎の儀式は、彼らの仕事の成果を記録するためにも必要だったようだ。一連のプログラムが終了すると、今度は別の人々が部屋に入ってきた。どうやらインタビューされるらしい。女子学生たちが一斉に寄ってきて、僕はシパキラ(Zipaquirá)の頭文字のZマークをあしらったバッジと緑色のリストバンドをつけられた。これは、公立シパキラ高校の周年記念品のようだ。

記念品のキャンドルの説明をする広報官 撮影:篠田有史