MSと18に次ぐ勢力を誇っていたのが、バトス・ロコス(V.L.)さ」
アンドレス曰く、V.L.はホンジュラスでも3番目に大きなマラスで、サン・ペドロ・スーラではリベラ・エルナンデスの一部であるコロニア・セントラル地区が本拠地だった。彼が住んでいる地域が、まさにその支配下にあったのだ。
「その辺りには、V.L.のメンバーが大体200人くらいはいたと思う」
そんな環境の下で、少年はV.L.のメンバーとよくつるむようになっていく。
彼の面倒をみていた祖父母は、ホンジュラスの主食であるトルティージャ(ひいたトウモロコシで作るパンのような皮)を売る店を開いて生計をたて、同じ敷地内にある3軒の家に、自分の子どもとその家族を住まわせていた。真面目な性格のアンドレスの兄を含め、彼らは皆、信心深いキリスト教徒で、穏やかな暮らしを望んでいたため、ギャングとつき合っているアンドレスのことが心配でならなかった。しかし、そんなことにはお構いなしで、少年は危ない世界へと足を踏み入れて行く。
12歳になって中学へ進学した時、彼を完全なギャングの道へと導く事件が起きる。
「学内にいた敵のギャング団メンバーに、“この学校へもう二度と来るな。来たら殺す”と脅されたんだ」
アンドレスが通う中学校は当時、彼がつるんでいた連中と敵対するギャング団の支配地域にあった。そのため、学校へ行くことすらできなくなってしまった。
「マラスの世界では、敵の支配地域に足を踏み入れて死ぬ人間が、一番多いんだ」
と、アンドレス。通学のためであろうと何であろうと、敵地には入らない。それがマラスに支配されるスラムの子どもたちの従わざるを得ない掟(おきて)だった。
学校へ行けなくなった少年は、遂に本格的なギャング生活を始める。まずは「プンテーロ(物指し棒)」と呼ばれる見張り役として、働くことになった。正式なグループメンバーではなく、見習いのようなものだ。
「トランシーバーを持って、縄張りの入り口にいるんだ。誰か見知らぬ人間が来たら、兄貴分たちに知らせる。よそ者は大抵その場で服を脱がされ、敵のメンバーだとわかると始末される。車で来ても、知らない車両だと、窓を開けていないだけで攻撃対象になる」
ギャング仲間の間では、「(縄張りには)入りたいヤツが入り、出られるヤツだけが出る」と言われていると、付け加える。だから彼も中学校へ通うことを断念したわけだ。
毎日、プンテーロ仲間と土ぼこりの立つスラムの通りに立ち、何をするでもなく、ただ周囲に目を光らせる。それが12歳から13歳までのアンドレスの日課だった。そして役目を終えると、空き家に集まり、仲間6人でマリフアナを吸った。
それを繰り返すうちに、警察に見つかり、踏み込まれたこともある。
「僕たち6人の内、一人だけ武器を持っていて、その子は少年院に3カ月送られた。その時は、地元のマスコミまで来て写真や映像を撮られたから、僕たちはV.L.のボスにヘマを知られないよう何とか身元をごまかそうと、壁に(別のマラスの呼び名である)18と書いたりした。警察にはあとでバレたけど、正直に話したら解放されたよ」
自分の幸運にほくそ笑む。
そうやって1年余りの間、見張り役をこなした少年は、次に「家賃(みかじめ料)の取り立て役」を命じられる。ギャング団はどこも、縄張り内の商店や飲食店からみかじめ料を集めている。ただし、メンバーの家族が経営する店は例外だ。
「おまえの担当はこことここだ、という具合に、脅す相手を上から指定されて、そこに毎週お金を要求しにいくんだ」
むろん支払いは「義務」で、拒否する者には力づくで払わせる。
「でも、誰も逆らったりしないよ。僕たちを恐れ敬っているかのように、接してくれるんだ」
それが少年たちにとって、ギャングでいることの一番の快感だった。アンドレスは言う。
「僕より歳下、10歳の少年も仲間に入ってプンテーロを始め、いつも自転車で走り回っては、“知らないヤツが来たぞ!”と叫んで働いていたけど、そいつも実は学校でいじめられないように、そうしていたんだ。ギャングならいじめにあうことはなく、むしろ尊敬されるからね」
尊敬されるうえに、儲かる。だから辞められない。少年たちにとって、ギャング業も最初のうちは、そんなものだった。14歳になったアンドレスは、みかじめ料を徴収する仕事で、週3000レンピーラ(約1万4000円)を手にしていた。国民の平均年収が30万円にも満たない国では、とんでもない大金だ。
「そのお金で自分の好きな靴や服、ケータイなんかを買っていた」
寝る時くらいしか家に戻らず、一日の大半を仲間とアジトで過ごし、犯罪行為で大金を手にすることにすっかり慣れてしまった。そんな孫を見た祖父母は、遂にアンドレスを家から追い出す。
「15歳の時のことだった。それからは仲間と家を借りて生活し、料理も自分でした。家賃? そんなものは払わないよ」
ギャングは家賃も免除というわけだ。
「仲間15人と生活しながら、とにかく仕事をこなした。V.L.の幹部連中はスラムの周辺部に住んでいて、地域で働いているのは僕たちのような下っ端と、時々暗殺命令でやってくる、防弾チョッキを着けた殺し屋連中だけだった。V.L.はメキシコやコロンビアのカルテルと取引をしていたから、武器も簡単に手に入ったんだよ」
ギャング団の裏話を気さくに語るアンドレスを前に、私は本当にこの少年が、そんな犯罪組織にいたのだろうかと、半信半疑の妙な気分になった。だが、そうだからこそ、彼は今ここにいるのだ。ギャング団との何らかのトラブルが原因で、故郷を離れたのだから。
「ラテンギャング・ストーリー」7 世界一危険な町から来た少年
(ジャーナリスト)
2015/11/23