2012年12月に実施された総選挙の結果、衆議院で過半数を獲得して、第一党となった自由民主党と公明党の連立内閣。総理大臣は自民党総裁の安倍晋三で、新憲法体制になってから51代目にあたる。安倍は06 年に総理大臣に就任したが、翌年、持病のために辞職したことがあり、同一人物が総理大臣を二度務めることは新憲法時代では初めてのケースとなる。第2次安倍内閣は12年12月26日に発足した。副総理には麻生太郎が、官房長官には菅義偉がついた。連立を組む公明党からは太田昭宏が国土交通相として入閣した。総選挙の前、9月に行われた自民党の総裁選挙において安倍は、「強い日本」をスローガンに掲げ、日本軍による慰安婦の強制連行を認めた河野談話の見直し、尖閣諸島への避難港の創設や公務員の常駐、集団的自衛権の行使の容認などを主張していた。安倍内閣は初閣議において「基本方針」を閣議決定し、その中で、「我が国が直面している、経済、外交・安全保障、教育、暮らしの四つの『危機』を突破し、『誇りある日本』を取り戻すため」、「経済の再生」、「外交・安全保障の再生」、「教育の再生」、そして「暮らしの再生」のための政策を推進すると し、みずからを「危機突破内閣」と規定した。この基本方針の下に、「経済の再生」のために、民主党政権で休眠していた経済財政諮問会議を復活させ、日本経済再生本部や産業競争力会議をもうけ、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略 の「3本の矢」で、長引くデフレ・円高から脱却し、雇用や所得の拡大を目指す経済政策「アベノミクス」を実施している。また、「外交・安全保障の再生」では、アメリカとの連携を緊密に保ち、国家安全保障会議(日本版NSC)を設置し、外交や安全保障などにかかわる秘密保護のために特定秘密保護法を成立させた。さらに、集団的自衛権の行使のためには、それを容認する内閣法制局長官を任命したほか、これをテーマとする首相の諮問委員会を発足させた。そして、「教育の再生」では教育再生実行会議を設けて、戦後教育の見直しを図ろうとしている。