EV元年といわれた2009年
2009年は、EV元年といわれた。6月に、富士重工業と三菱自動車から相次いで軽自動車の電気自動車(electric vehicle EV)が市販に移されたからである。また、日産自動車もいよいよ10年秋からの電気自動車発売を具体化し、7月には基幹技術を公表・試乗させ、8月に本社を横浜へ移転した際、その外観と車名「LEAF(リーフ)」を披露した。日産は、年間5万台規模で生産を立ち上げるとしており、三菱の5000台(10年度)より一けた数値が大きい。こうした背景により、09年は電気自動車にかかわるセミナーなども広く開催され、電気自動車をテコに景気回復の一助にしようという産業界の思惑が重なった。彼らの関心は、充電設備の整備に関する普及拡大動向や、充電にかかわる部品供給、電力需要、また中国など、開拓の進む新興市場への電気自動車導入の可能性など、種々雑多である。
一方、テレビや新聞など報道機関は、1回の充電で走行できる距離が短いなど電気自動車の性能の至らなさを示し、だから急速充電所の拡充が急務であると述べ、また走行音がほとんどせず静かなため視覚障害者が不安を覚えるなど、断片的に弱点をあらわにする。
ガソリン車に追いつけ追い越せでは意味がない
私は、15年におよび電気自動車を皮切りに自動車と環境とエネルギー問題に取り組み、日米欧の電気自動車シンポジウムを取材し、1990年代の電気自動車ブームを見てきた。そうした観点から現在の電気自動車への期待と展開について意見を述べるなら、電気自動車が、既存のエンジン自動車の性能を追いかけ、代替策として進化することを望むことは意味のないことだと言っておきたい。電気自動車は、自動車の存在意義そのものを再構築するものであるからだ。電気自動車は、リチウムイオンバッテリーを使用してなお、現在は1回の充電で走行できる距離が、エアコンディショナーを使用しないモード走行(10・15モード)で160kmである。エアコンディショナーを利用する実走行では、およそ100km前後だろう。
だが、このことが電気自動車の性能の低さを示すものではないという認識がまず重要である。日産自動車の調査によれば、自動車を日々利用するほとんどの人の走行距離が、世界的に100km以下であるとしている。日英では、50kmまでが80%に達するとも。つまり、既存のエンジン自動車は、人々が日常の生活で必要とする以上の余分な性能を持っているのであり、ほとんど使われない性能に対し消費者は多額の金を支払っていたことになる。このことは、自動車の使われ方に関する現状認識の必要性を示している。
もちろん、何かの時……という心配はある。だが、その時は別の手段を利用すればよい。電気自動車の場合で言えば、そのときこそ急速充電所が活躍する時だ。そして日本の場合、電気自動車を使えば、二酸化炭素の排出量をガソリンエンジン自動車に比べ国内では70%削減できると三菱自動車は試算している。「何かの時」のために、70%増の二酸化炭素をガソリンエンジン自動車で毎日出し続けることに正義はあるだろうか?
フランス人が編み出した新発想
これまでにも、電気自動車に脚光が当たった時代は何度かあった。近くは、90年代半ばである。だが、当時はまだリチウムイオンバッテリーが登場する前であり、今日ハイブリッドカーに当たり前のように搭載されているニッケル水素バッテリーさえ、ようやく姿を現した時期であった。もっぱら鉛バッテリーを使ってせいぜい1回の充電で50kmほどしか走れない電気自動車を、世界が見放そうとした。しかし、フランスのプジョー・シトロエングループの電気自動車開発者たちは、50kmしか走らない電気自動車の活用方法を編み出した。それは、カーシェアリングとパーク・アンド・ライド、そして鉄道を複合的に活用するチューリップ計画と呼ばれたプロジェクトである。この計画では、パーク・アンド・ライドで最寄りの鉄道の駅まで電気自動車で向い、乗ってきた電気自動車は指定駐車場に止め、充電のセットをしたあと、電車で目的地最寄りの駅に行く。止めて置いた電気自動車は、カーシェアリングで共同利用される。そして目的地最寄り駅では、再びカーシェアリングの電気自動車に乗って、訪問先に行く。これならば、短距離しか電気自動車が走れなくても能力は不足しない。
また、このチューリップ計画では、カーシェアリングで使う電気自動車や鉄道運賃の決済は、非接触型ICカードで行うとしていた。まだ日本でSuica(スイカ)が登場する前に、フランス人は1枚のカードで電気自動車を有効活用する方法を考え出したのである。それは、自動車一辺倒の生活をしているヨーロッパの人々の生活を変革する提案だった。120年前を振り返れば、まだ実用になるかどうか未知数のガソリンエンジン自動車黎明期に、自動車販売を手掛けたのはフランス人だった。新しい物への好奇心と、それを実用につなげる斬新な発想をフランス人に学ぶことができる。
「移動」への意識改革が求められる
このように、自動車の活用方法まで含めた抜本的な移動手段の再構築をしなければ、20世紀という石油の時代の100年間に、3倍にも増えた世界人口によってもたらされる二酸化炭素の排出は、減るはずもないのである。今後、自動車新興国の中国、インド、ロシアで、日本と同じように2人に1台の自動車が普及したら、たとえ燃費性能を2倍にするハイブリッドカーが普及しても間に合わない。100億人規模へと日々人口を増大し続ける人間が、生き続けることさえ困難になっていくと想像される将来を見据えたとき、必要十分な性能で、最小限の二酸化炭素排出に抑える可能性をもつ電気自動車の存在と、その性能が示す現実は、自動車の抜本的改革の動機付けとなるだけでなく、人類の未来をも占うという、我々の腹のくくり方を示唆するものでもあるのだ。